◆一度来た客は逃がさない
第二は、高いカスタマーロイヤルティ、すなわち常連客の多さである。
栄は顧客ターゲットを男性日本人ビジネスマンに絞り込んでいる。女性客や中国人客を実質的に切り捨てている。もちろん一見で訪れる女性客・中国人客はそれに気づかないだろうが、常連客の目で見れば明白だ。そして男性日本人ビジネスマンの中でも、特に出張者を重視する。
一度店に訪れた男性日本人ビジネスマン(特に出張者)は離さない。マネージャー嬢へのインタビューにおいて、「ポリシーはあるか」と訪ねた際にすぐ返ってきた言葉が「第一に、お客様の満足が大事。第二に、また来ることが大事」であった。
顧客を常連化する手段として大いに役立っているのがウェイトレスのメモ帳。ウェイトレスは皆、メモ帳を懐に忍ばせている。これは本来、顧客との筆談用、および日本語勉強用(客の口から出た日本語の単語をメモしていく)に持たされているものだが、そこに顧客の名前や職業等バックグラウンドなどがどんどん書き込まれていく。これが貴重な顧客データベースとして機能しており、顧客は2回目の来店でも名を呼ばれるので気持ちをよくし、栄にたいするロイヤルティを大いに高めていく。
入社したてのウェイトレスの昇給・昇進では、「メニューを覚えている」「挨拶ができる」ということに並んで「客に覚えられる」という3項目が考慮される。顧客に覚えてもらうためには、顧客を名前で呼び、親しく話すことが近道だ。この昇給・昇進の仕組みもカスタマー・ロイヤルティ向上に大いに貢献している。
栄では「苦情を財産とする」という姿勢が徹底されている。栄では毎夜の開店前に「朝礼」と呼ばれるミィーティングが開かれるが、その主な目的はマネジャー嬢が前日にあった顧客の苦情や残った料理等についての情報を集めることにある。顧客の苦情は組織の上にいる人にほど入りにくいものだが、栄では、マネジャー自身が毎日、最前線のウェイトレスから苦情を収集している。
さらに、“サティスファクションミラー”すなわち従業員の満足が顧客満足に反映する、ということも挙げておきたい。マネージャー嬢によれば、楽しく仕事ができる職場環境作りに心がけているとのことで、家族のような関係作りに努めているとのことだ。インタビューの日、開店2時間前に店に訪問したが、店内はウェイトレス達の笑い声でいっぱいであった。開店中だけの元気さかと思っていたが、本当に楽しく仕事をしているからこそ明るくサービスができているということがわかる。「退社数が多いと顧客満足度が落ちる」といわれるが、栄の場合、道路拡張による移転のための3ヶ月の休業中、休業前に30人いたウェイトレスのうち、辞めたのはわずか1人だったという。これは、労働の流動性が極めて高い上海において脅威的数字といってもいいだろう。
優良経営の話では必ずといっていいほど例に出されるサウスウェスト・エアライン。栄の戦略はこの全米随一の高収益航空会社の成功の秘訣をそのまま実践しているといっても言い過ぎではない。サウスウェスト・エアラインは顧客を絞り込み(顧客を、短距離を移動するビジネスマンと個人に絞り込んでいる)、サービスを「やること」と「やらないこと」に明確に分けている(「やること」は短距離路線に特化し、確実に運行し、多便数、ハブを使わず、フレントリーなサービスを低料金で提供するということ。他方で機内食や座席の割当は「やらないこと」)。対する栄は上述のように日本人出張ビジネスマンにターゲットを絞り、フレンドリーで顧客を飽きさせないサービスを「やること」とし、最近上海で増えている超ディスカウントや、日本人シェフによる味の向上・差別化、というような、他の店がやっていることは行っていない。サウスウェスト・エアラインはカスタマーニーズをマイレジクラブではなく従業員に集めさせ、それにより木目の細かいサービスを実現しているが、栄も、マネジャークラスは客のことをよく知らなくても、各ウェイトレスが顧客のことをよく記憶し、マンツーマンサービスを提供している。サウスウェスト・エアラインは人気のある職場であることでも有名だが、栄従業員の店に対するロイヤルティの高さは上述のとおりだ。
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