ベーシックインカム〜コーヒーブレイクしながらわかる
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ベーシックインカムのメリットとデメリット
ベーシックインカムとは、政府が全ての国民に対して生活に必要な最低限のお金を無条件に支給する仕組みのことです。
と、ひとことで言えるくらいにとってもシンプルな制度なのですが、もし実際に採用されれば、社会保障制度から・国の財政制度、国民の勤労に対する考え方や家族のあり方にまで影響を与え、社会に大きな変化をもたらすことになるでしょう。そのため、ベーシックインカムについては各方面で様々な議論がなされていますが、それらの議論の中で挙げられるベーシックインカムのメリットとデメリットについて、まずは見てみましょう。
最初に、メリットについてです。
まずは、生活保護の諸問題を解決できるということです。貧困状態にある人でも、気おくれして申請しなかったり、申請しようとしても、地方自治体の窓口でなかなか受け付けてもらえなかったりなどして生活保護を受けていない人が多くいます。生活保護を利用する資格のある人のうち実際に受給している人の割合は2割程度と言われ、欧州諸国に比べて非常に低い数字にとどまっています。他方で、所得や財産を隠して生活保護を不正に受給している人がいることが社会問題になっています。働いて収入を得ると生活保護の金額が減ったり停止されるので、労働意欲が削がれるという問題もあります。 ベーシックインカムでは、申請は必要なく、資産や所得と関係なく一律に支給されるので、これらの問題は全てなくなります。
次に、ベーシックインカムが導入されれば社会保障制度を大幅に簡素化でき、行政コストを削減することができます。
生活保護のほか、失業保険や基礎年金も廃止できるので、審査や事務手続きの人件費やシステム関連の費用など、制度を運用するためのコストを削減できます。受給する側にとっても、申請の手間をはぶけ、また、所得や資産状況などの個人情報を開示しなくてもすむようになります。
ベーシックインカムは非市場労働に対する経済的保障であると考えることもできます。つまりベーシックインカムを、家事労働や家族の介護、育児、ボランティアのような、賃金という形での報酬がない社会的貢献に対する対価と考えることもでき、それらの労働に従事しやすくなる、と言うことができるでしょう。
子供にも大人と同様に支給がなされるのであれば、子供をもつのはお金がかかることというような考え方が減り、少子化の流れを止めることができるかもしれません。
労働市場がより流動的になるかもしれません。つまり、ベーシックインカムによって労働者の最低限の生活が保証されていれば、雇用者は労働者の解雇をやりやすくなり、経営の自由度は高まるでしょう。一方で労働者も、やりたくない仕事を安い賃金で我慢してまで続ける必要がなくなります。個人の自由が拡大する、と言うこともできます。
ベーシックインカムのデメリットは、第一に、国民の勤労意欲に悪影響を及ぼすのではないか、という点です。
働かなくても最低限の生活は保障されるので、働く能力のある人でも働かない人が増え、すると、国全体としての生産力は落ちるかもしれません。
働けるのに働かない人が増えれば、フリーライダーの問題が生じます。働いた人が稼いで払った税金で、遊んで暮らす人が出てくる、それはタダ乗りではないか、という考え方です。
ベーシックインカムの財源をどうするかという問題があります。国民全員に最低限の生活ができるお金を支給するということが、そもそも実現可能なのでしょうか。この点については次の章で具体的な数字で試算をして考えてみたいと思います。
それから、各人の事情に応じたきめの細かい対応ができないという点も挙げられます。
ベーシックインカムでひとりに一定額が支給される場合、その金額では生活費を賄えない人もいれば、余裕で生活できる人もでてくるでしょう。一方で生活保護制度では、年齢や家族構成、障害の有無、住む場所、持ち家かどうかなど、ひとりひとりの状況に応じて給付額が決定されます。
これまでのベーシックインカム論議論議
最近よく話題になるベーシックインカムですが、新しい考え方というわけではなく、18世紀末ごろから思想家や経済学者などにより様々な仕組みが提唱されてきました。
20世紀に入り、新自由主義の旗手ともいわれる経済学者、ミルトン・フリードマンは負の所得税を提唱しました。通常の所得税では所得が一定以下の人の税金はゼロとなり、税金を支払ったあとの所得は、グラフの実線のようになります。負の所得税では、所得が一定以下の人には逆に給付がなされ、所得が減るほど給付額が増えていきます。その結果税引後所得はグラフの実線のようになりますが、これは控除がない所得税とベーシックインカムとを組み合わせた場合と同じになります。フリードマンは、福祉や援助などの社会主義政策の、自由主義的な代替として負の所得税を提唱しました。
経済学者のジェイムズ・ミードは、生涯ベーシックインカムを推奨しましたが、その背景には、社会に存在する資産は、経営者や労働者だけによって生み出されたものではなく、全ての人にその資産からの恩恵を受ける権利があるという社会配当の考え方がありました。
いまから半世紀ほど前に、北米やヨーロッパでベーシックインカムの議論が大いに盛り上がり、アメリカやカナダではベーシックインカムや負の所得税の実証実験も行われました。
そのうちの、1974年から1979年にカナダの人口約1万人の小さな町で行われた全ての世帯に現金を支給する実験では、メンタル面で医者にかかる時間の減少や、高校進学の増加、出産直後の母親の労働時間の減少といった効果が見られたとのことです。
イギリスでは、家事や育児など、社会的に重要だけれども給料が得られない仕事は女性に偏りがちなので、ベーシックインカムによって女性が経済的に自立できれば、性差別の解消に役立つとのフェミニズムの観点から、1977年の全英女性解放運動大会で、ベーシックインカムの導入を求める決議がなされました。
2016年、スイスでベーシックインカム導入の是非を問う国民投票が行われました。結果は賛成票を大きく上回る反対により否決されました。否決の背景には、巨額の財源が必要となることや労働意欲の低下懸念、年金受給者の収入が減ること、移民の増加懸念などがあったようです。
フィンランドでは、2017年から2018年にかけて、25歳以上58歳以下の失業手当受給者からランダムに選んだ2000人に月に7万円を給付する実験が行われました。その結果、労働意欲にはほとんど変化はなく、健康状態やストレスについての自己評価は向上したとの結果が得られました。
ベーシックインカムが最近よく話題になるわけ
このところベーシックインカムという言葉を頻繁に耳にするようになりましたが、その理由の第一は、ベーシックインカムには1章でお話したような多数のメリットがあり、貧困問題や年金問題、少子化など、日本が抱える諸問題をベーシックインカムによって解決できるかもしれない、と考えられるようになったということでしょう。
長引くデフレにより、インフレが発生しない限りいくらでも自国の通貨を発行して財政支出を増やして構わないとする・MMT・現代貨幣理論的な考えに対する嫌悪感が薄れてきたことも関係していると思われます。ベーシックインカムでは巨額の財政支出が必要であり、それが導入の最大の障害と言えるのですが、新規発行した通貨を財源とできるのであれば、制度導入の可能性がグッと大きくなります。新型コロナウイルス対策で各国は広く国民に現金を支給しましたが、その財源は、実質的に通貨の発行を増やすことで賄われました。1回きりとはいえ、国民全員への定額給付をできたのだから、ベーシックインカムも可能なはずとの連想が働くのも当然といえましょう。
それから、今後AIの普及が確実とみられていることも関係していると思われます。
AIの普及により、多くの職業が不要になると昨今言われていますが、賃金を得られる仕事に就けない人が溢れる時代が来たときに、ジェームス・ミードがいう、社会配当を全ての人に分配する仕組みとして、または、イギリスの女性解放運動家が唱えるように、賃金を得られない仕事でも経済的保障が得られる仕組みとして、ベーシックインカムは非常に有望ということができるでしょう。
実現可能性を考える仮計算
では、シンプルに、国民全員に一人月10万円を支給するベーシックインカムの実現可能性を考えてみたいと思います。ちなみに、1人10万円を支給する場合と生活保護とを比べてみると、単身者の場合は両者概ね同じで、2人以上の世帯では1人10万円支給のほうがやや支給額が多く、3人以上の世帯では差がかなり広がることになりそうです。
1人に月に10万円を支給すると、1年間では約150兆円が必要となります。
その財源としては、ベーシックインカムにより生活保護や子供を持つ親への補助金などが不要となるので、合計7.2兆円をベーシックインカムへ回すことができます。
年金を廃止することで、年金特別会計の歳出額70.2兆円を、労働保険の廃止で労働保険特別会計の歳出額4.0兆円を財源とできます。ただし、年金や労働保険の掛け金を、ベーシックインカム費といった名目に変更して徴収を続ける必要があります。
所得税について、ベーシックインカムがあれば基礎控除などは不要となるので、基礎控除と配偶者控除の分に対して平均して15%の税率で税収が増えるとすれば、4.5兆円税収が増えます。
これらを足し合わせ、給付総額の150兆円から引くと、まだ64兆円ほど不足します。
この64兆円を賄う方法等して考えるのは、まずは増税です。消費税の税率が1ポイント上がると2.5兆円程度の増収があるとす言われているので、不足額64兆円を全て消費税増税で賄うためには税率を35%程度にまで引き上げる必要がある、と計算できます。
所得税の増税で賄う場合、日本の雇用者報酬と自営業者の混合所得を足すと約300兆円なので、所得税率が1ポイント上がると3兆円ほどの増収があると考えられます。つまり、64兆円を賄うためには所得税率を現在より21ポイントほど引き上げる必要がある、ということになります。
現在は財政法により禁じられている方法ではありますが、日銀券の増発により賄うということも考え得ます。2%の物価上昇率が目指されているので、日本の貨幣供給量の2%の20兆円ほどは毎年貨幣供給量が増えても全く問題ありませんし、GDPが1%の速度で成長するのであれば、さらに10兆円程度追加しても問題はないでしょう。ただ、64兆円全てを新規の通貨発行で賄うとなればインフレーションを発生させる危険がかなり高くなります。
ひとつの方法で64兆円の全てを賄うのは現実的ではないので、もし実際にベーシックインカムが導入されるのであれば、これらを組み合わせることになると思われます。
その場合、ひとつの案としては、
国民全員に対する給付額は月9万円で、
生活保護、年金、雇用保険、所得税の基礎控除などを全廃し、
消費税率は10%から15%に引き上げ
所得税率は一律6ポイント引き上げ
さらに、GDPの4%の通貨発行を財源にする
というようなものが考えられます。
これでもかなりの増税となるので、国民の合意を形成するのはかなり難しそうですが、ベーシックインカムについて考えることは子供達の時代をどうするかを考えることであり、今後さらに議論を深めていく必要があるのではないでしょうか。