ボルトン回想録レヴュー
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みなさんこんにちは。今回は2020年6月に刊行された、The room where it happened、日本語では、それが起きた部屋、についてご紹介します。この本は、アメリカの外交の内情やトランプ大統領の問題のある言動などが多数記されていることなどから出版前から大いに注目されていました。
著者のボルトン氏は、2018年3月から翌年の9月にかけてトランプ大統領の、安全保障問題担当の補佐官を勤めました。保守派のボルトン氏は、北朝鮮などに強硬な姿勢を見せるタカ派として知られています。また、メモ魔とも言われ、大統領補佐官として、自らが見聞きした体験を記したメモをもとにして本書を出版しました。
アメリカ政府は本書に国家機密が含まれているとして出版の差し止めを求める訴訟を起こしましたが、連邦地裁は、出版の差し止めを命令するにはすでに遅いとして棄却しました。ただし今後もボルトン氏が刑事責任を問われる可能性は残っています。
本書のページ数は578ページもあり、書かれている内容は多岐にわたるのですが、登場人物の名前が出てくる回数を見ればなにに重点が置かれているか把握できるでしょう。
やはり北朝鮮についての言及が多く、ロシアのプーチン大統領がそれに続きます。安倍首相も比較的よく登場しています。ゼレンスキー大統領はウクライナ疑惑関連で、エルドアン大統領はトルコのイラン制裁違反関連などで登場する人物です。中国の習近平主席が安倍首相などに比べて少ないのは、本書が経済よりも安全保障関係を主に対象としているからでしょう。
北朝鮮関連
では、本書に内容のうち、日本に関連する事項を中心に見ていきます。まずは北朝鮮関連です。
最初に、米朝関係の主な出来事をおさらいしておきましょう。
2018年4月に11年ぶりとなる南北首脳会談が、行われました。米朝首脳会談は5月下旬にトランプ大統領によりいったん中止が宣言されますが、1週間後に中止は撤回されました。そして6月12日に歴史的な会談がシンガポールで行われ、北朝鮮が完全な非核化に取り組むことなどを謳った米朝共同声明がだされました。
本書の中でボルトン氏は、韓国の国家安全保障室長が、第1回米朝首脳会談について、北朝鮮に対してアメリカとの直接対話を最初に提案したのは自分だったと認めたとし、当事者のアメリカでも北朝鮮でもなく、韓国の、南北の統一という思惑が強く影響していたとしています。
日本は、核兵器撤廃について中途半端な合意がなされることを強く警戒していました。ボルトン氏は韓国とは対照的な日本の考え方は自分に近いと評しています。
安倍首相はトランプ大統領に対し、核問題について中途半端な合意をしないことや、拉致問題を取り上げることについて、直接会ったり電話をしたりして繰り返し訴えかけたようです。
5月17日にシンガポールで行われるはずだった実務者級の事前会議に北朝鮮代表が現れなかったことからトランプ大統領は会談を中止することにしたようです。しかし早くもその日の夜に考えが変わり、結局このとき会談中止を告げるツイートは出されませんでした。
ところが、北朝鮮の外務次官がペンス副大統領に対する暴言を吐き、アメリカは首脳会談中止を宣言します。このニュースに韓国は大いに落胆し、対照的に日本は喜んだとのことです。その後トランプ大統領は金正恩委員長からの親書を受け取り、会談中止を撤回します。
首脳会談の前日、トランプ大統領は、これは宣伝のためだ、中身のない合意でもサインすると言って、北朝鮮の非核化よりも自分をアピールすることに関心があったことをボルトン氏は指摘しています。
北朝鮮は共同声明に「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」の文言が入ることを拒絶し、結局「完全非核化に向けて努力する」という文言で落ち着きました。ボルトン氏は日本の拉致問題についても声明文に入れようとしたようですが、それは実現しませんでした。トランプ大統領は自らの宣伝のためか、朝鮮戦争の終戦宣言を入れたがっていたようですが、ボルトン氏らの反対により盛り込まれませんでした。
ただ、会談の朝に声明文案を読んだトランプ大統領は意外にもあっさりと承認したとのことです。
会談はなごやかで友好的な雰囲気の中で進みましたが、同席していたポンペオ国務長官は調子のいい言葉を並べるトランプ大統領について「彼はクソだ」と書いたメモをボルトン氏に渡し、ボルトン氏は同意したとのことです。
歴史的な会談から2ヶ月後の2018年8月と翌9月に金正恩委員長からトランプ大統領宛ての親書が届きます。その文面に感銘を受けたトランプ大統領はホワイトハウスへ招こうと言い出しますが、政権幹部がそろって反対し、実現しませんでした。
2019年2月にベトナムのハノイで2回目の米朝首脳会談が行われます。その前夜にトランプ大統領は金正恩委員長とディナーをしましたが、同席したポンペオ国務長官によると、その席でトランプ大統領は日本の拉致問題を話題に上げたとのことです。これについてボルトン氏は、日本との約束を実行したのだと言っています。
会場に向かう車の中で、トランプ大統領は部分的な合意をするのと、全く合意をしないのとでどちらがより大きな記事になるかと聞き、メディアでの報じられ方を気にしていたようです。
会談では金正恩委員長は寧辺の核施設の放棄と引き換えに経済制裁を全面的に解除する案に最後までこだわりました。トランプ大統領は妥協を求め、ボルトン氏はキム委員長が同意すれば合意が成立し、それは最悪の結果だと思いましたが、幸いなことにキム委員長は妥協に同意しなかった、としています。
会談の空気は、友好的だったシンガポールでの第一回会談とは異なり、かなり張り詰めたものだったようです。
とはいえ両首脳の蜜月状態は続きました。会談は暗礁に乗り上げたものの、両首脳は互いを思いやる言葉を掛け合い、結局トランプ大統領は共同声明の作成をポンペオ国務長官に命じたとのことです。ただし、最終的には共同声明は出されませんでした。
ツイッターでの呟きがきっかけで実現した第3回米朝首脳会談についてボルトン氏は、気分が悪くなったが、トランプ大統領の目的は前例のない非武装地帯での会談の写真撮影とメディアの注目だけで、重要な意味はなにもないと考えれば少しは気が楽になったとしています。また、トランプ大統領は個人的な利益と国家の利益の区別ができていない、と批判しています。
安倍首相について
ボルトン氏は、世界のリーダーの中で最もトランプ大統領と仲がいいのは安倍首相で、ボリス・ジョンソン氏がイギリスの首相になってからは両者が肩を並べたと述べています。
安倍首相はその良好な関係を活かして、対北朝鮮関連や対中国関連の安全保障上の問題などについて、トランプ大統領と頻繁に会い、意見を交換しています。
安倍首相はトランプ大統領と頻繁に面談しますが、ボルトン氏は、それは、トランプ大統領には繰り返し念をおすことが必要だということを知っているからだとしています。
ボルトン氏は、安倍首相がトランプ大統領に依頼されてイランとアメリカの間の仲裁役を買って出ることにしたとしています。また、日米首脳会談で安倍首相が6月にイランを訪問することにしたと述べた時、トランプ大統領は、椅子から落ちはしなかったけれども深い眠りに落ちていた、とちょっと切ないエピソードも載せています。
安倍首相のイラン訪問は結局不調に終わりますが、その後のトランプ大統領との電話会談では、トランプ大統領は、協力への感謝を述べたあと話題を転じ、個人的には日本がアメリカの農産物をもっと買うことのほうがずっと重要だと述べたとのことです。
また、ボルトン氏は、トランプ大統領に命じられて日本に駐留米軍の経費として、今の25億ドルより大幅に多い、年間80ドルを負担するよう求めたと記しています。
その後ワシントンに戻り、基地経費の交渉の報告を行った際には、トランプ大統領は、経費を負担させるためには駐留米軍を全て撤退させると脅せばいい、といったとのことです。また翌日に北朝鮮のミサイルが発射されたと聞くと、このミサイルで10億ドルが50億ドルになると述べたとボルトン氏は記しています。
米中関係
中国の大手通信会社、ファーウェイ社の創業者の娘で同社副会長がイラン制裁に違反した疑いなどでカナダで逮捕された件について、トランプ大統領は「中国のイバンカ・トランプを逮捕したようなものだ」と言って不快感をあらわにしたとのことです。ボルトン氏は、ファーウェイ社の問題は国家の安全保障上の問題であるにも関わらず、貿易交渉の取引材料としか見ていないとして批判しています。
人権問題に関し、2019年6月の大阪サミットの際の会談で習近平主席が新疆ウイグル自治区でのウイグル族を拘束する施設の建設の必要性を説明した時、トランプ大統領が建設を進めるべきとの発言をしたという話を、その時同席していた通訳からの伝聞として記しています。
2019年6月に香港で行われた大規模デモについては、トランプ大統領は、関わりたくはない、我々にも人権問題はあると言ったとのことです。
習近平主席との電話会談では、香港でのデモは中国の国内問題であり、側近に対して香港について公に言及するなと命じたと述べた、としています。
また、この電話会談では、中国との貿易交渉は国民に受けがよく、政治的にプラスになっているとし、大阪サミットでの米中首脳会談では、大統領選で勝利するためには農家の支持が必要で、大豆や小麦の輸入を増やして自らの再選を確実にしてほしいと懇願したとのことです。この点についてボルトン氏はトランプ大統領の発言を正確に記すことができるけれども、政府の出版事前調査がそれを禁じた、としています。
なお、この会談で貿易問題について話し合っている時に、習近平主席は第一次世界大戦後に山東省がドイツから日本に譲渡された歴史を持ち出し、アメリカが不平等な貿易条件を押し付け続ければ愛国心が燃え上がり、国民の怒りがアメリカに向かうと述べ、それに対しトランプ大統領は、中国には日本を倒してもらった借りがあると言い、そして習近平主席は、中国がいかに日本と戦ったかを長々と説明した、というエピソードも書かれています。
その他の問題
イランが経済制裁を逃れるのを助けるために、トルコの国営銀行のハルクバンクがマネーロンダリングに関与したとして、ニューヨークの南部地区の連邦地検が捜査をしていた件について、トランプ大統領が司法妨害ともとれる言動をしたとボルトン氏は記しています。
2018年のG20サミットでトルコのエルドアン大統領から渡されたメモを読んだトランプ大統領がハルクバンクは無実という認識を示し、南部地区の検事はオバマ前大統領に近く自分に近い人間が検事になった時に問題は解決するとし、自ら対処すると述べたというのです。
トランプ大統領の弾劾裁判で問題となった、ウクライナに対する軍事支援の見返りに政敵のバイデン氏に関する調査をウクライナ大統領に要求した疑惑については
ボルトン氏は、ウクライナへの働きかけをしたとされるトランプ大統領の顧問弁護士であるジュリアーニ氏の話に乗ってはいけないとし、個人的な政治的利益と国益を混同すべきではないと忠告したのに対し、トランプ大統領は、ウクライナがバイデン氏についての調査結果を出すまで軍事支援は行わないと言い放ったとしています。