香港一国二制度と民衆運動〜コーヒーブレイクしながらわかる
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1. 香港国家安全維持法って何?
香港国家安全維持法は2020年7月1日に施行された中国の法律で、その第一条によれば、香港の独立、政府の転覆、テロ、外国の協力を求めて国家の安全に危害を加える行為等を取り締まることを目的としています。
正式には中華、人民共和国、香港特別行政区、イゴ、国家、安全法といい、頭に中華人民共和国とついていることからもわかるように、香港で制定された法律ではなく大陸中国の法律です。
なぜ香港に適用される法律が中国で制定されたのでしょうか。
このシリーズの以前の動画でもお話ししたとおり、香港の憲法とも言うべき香港基本法には、叛逆等を取り締まる法律を香港が自ら制定するよう定めているのですが、香港住民の反発が強く未だ実現していません。業を煮やした中国中央政府は中央のほうで法律を作ってしまうことにしました。香港基本法の第18条には、全国の法律は付属文書に列挙されたもの以外は適用されないとあります。つまり付属文書に記載があれば全国の法律でも香港に適用されるということになります。また同条は、付属文書に列挙される法律は中央の全人代が増減できるとしています。そこで中央政府は、中央で国家安全維持法を制定し、香港基本法の付属文書に同法を書き込むという方法を採ることにしたのです。
ただ、基本法第18条は、付属文書に加えることができる法律は国防や外交等の関連のものに限るとしており、実際、従来付属文書に列挙されていた法律は、儀礼的なものと外国との関係で必要なもののみでした。国内の治安に関する香港国家安全維持法はかなり異質だと言えます。
それでも通常であれば、ある国が憲法に違反する行為をしたからといって他国がとやかくいう問題ではありませんが、香港基本法の場合は事情が異なります。香港返還前の1984年にイギリスと中国との間で結ばれた英中共同声明には、香港住民は言論の自由等が保障されること、それらを香港基本法に記載すること、および50年間は香港基本法を変更しないことが明記されています。英中共同声明は国連憲章102条に基づいて国連に登録されている条約でもあり、そのため言論の自由などを制限する香港国家安全維持法の導入は単なる中国の国内問題ではなく国際条約違反と言え、それゆえにイギリスやその他の国際社会が強く反発しているのです。
それなのに中国はなぜ国家安全維持法の導入を決めたのでしょうか。
その理由の第一は、昨年来のデモの規模が、民衆運動が盛んな香港の歴史の中でも際立って大きく、それが1年以上も続いていることに中央政府も衝撃を受け、危機感を抱いたからでしょう。
2019年11月の香港の区議会選挙では民主派が全議席の80%を押さえる圧倒的勝利を果たしましたが、それも中央政府を法律制定へ向け後押ししたと考えられます。2020年9月には香港の国会である立法会の選挙がありますが、ここで再び親中国派が破れ民主派が勝利するようなことがあっては絶対にならず、立法会選挙の前に民主派の動きを封じてしまおうという考えがあったのではないかと思われます。
それから、香港返還から23年が経ち、当時とは事情が変わったということも関係しているでしょう。中国が香港に一国二制度を認めた理由のひとつは、当時の中国にとって香港経済が大きく、締め付ければ人材や資本が流出する懸念があったことですが、その後、中国は大きく発展し、今や香港経済の中国に占める割合は2%台にまで落ちてしまったので、香港を特別扱いする必要性が小さくなったということが関係していると思われます。
また、一国二制度には、共産党政権下の中国の悲願である台湾統一に向けた地ならしという意味がありました。しかし今や、台湾統一はおよそ現実的ではないというように、考えが変わってきたのかもしれません。
なお、当ラボでは国家安全維持法の制定は8月頃と考えていたのですが、それよりもずいぶんと早い7月1日の施行となった理由は、7月1日は香港が中国に返還された日であり、かつ中国共産党の設立記念日でもあるので、香港の根底を大きく変更して共産党支配体制のもとに置くのに相応しい日だと中央政府が考えたためではないかと思われます。
香港、国家、安全維持法の公布は施行のわずか52分前だったようですが、通常の法律のように周知期間をとれば、その間にデモが発生し、そのデモを取り締まることができないため、公布と施行がほぼ同時だったと考えられます。
2.香港国家安全維持法の内容
では、国家安全維持法の内容について見ていきましょう。
第1条から第6条は総則で、その第2条は、香港が中国の一部であると謳う香港基本法第1条および香港は中央政府の直轄地であるとする香港基本法第12条に反して権利や自由を行使してはならないとしています。つまり、本法の目的を記した第1条の直後にこの条文を置くことで、香港といえども中国が許容する範囲を超えて権利や自由を主張することはできないのだということが、ことさら強調されているのです。
第12条から第16条にかけて、香港国家安全維持法の枠組みが記されています。
香港政府は香港の治安維持を担う国家安全維持委員会を設立し、行政長官がその委員長に就きます。国家安全維持委員会は香港の他の組織や個人などの干渉を受けず、情報は非公開で、決定事項は司法審査の対象とならないという非常に強力な権限を与えられています。また、日本の警察に当たる警務処に治安維持関連担当の部門が設立され、日本の法務省に当たる律政司には治安維持関連犯罪案件を扱う検察部門が設置されます。
中国政府は国家、安全維持委員会に顧問を派遣し、また、香港域内に国家、安全維持公署を設置して、委員会を監督したり、警察処や律政司の治安維持関連部門の責任者の選任に関与することにより、香港の治安維持行政を実質的に中国政府の支配下に置く形になっています。
具体的に処罰の対象となる行為は第20条から第39条にかけての第3章に記されています。
デモなどで香港独立のスローガンを掲げれば国家分裂罪に問われる可能性があり、実際国家安全維持法施行直後に、香港の独立をうたう旗を掲げた男が同法に基づき逮捕されたという報道がありました。
新聞に共産党政権批判記事を掲載したり、SNS上でデモの呼びかけなどをすれば、政権の転覆をはかったとされる可能性があります。香港では摘発を恐れてSNS上の政治的発言を削除したり、SNSアカウントを閉じる動きが広がっているようです。
デモで公共施設や警察車両を壊すような場合のみならず、警官に抵抗しただけでもテロ活動とみなされる恐れがあります。
アメリカ政府に民主化支持を訴えれば、外国と結託し国家の安全に危害を加えたとして取り締まりの対象となるでしょう。
第38条では、香港の外に住む外国人についても本法が適用されるとされているので、日本でSNSに軽い気持ちで香港の独立を唱えただけでも、のちに旅行で香港に入国しようとしたときに逮捕されるということもあり得ます。
第40条から47条の第4章では、刑事訴訟の手順などが記されています。
第41条には審理が非公開とされる可能性があることが記されています。ちなみに日本でも公の秩序を害するおそれがある場合などには非公開にできますが、政治犯罪や出版に関する犯罪、憲法が保障する国民の権利が問題となっている事件は例外なく公開しなければならないことになっています。
第44条は、国家、安全維持事案を扱う裁判官の任命の仕方について記しています。
香港の裁判官は、終審法院と高等法院の裁判長は行政長官により指名されますが、他の裁判官は学識経験者らによる委員会の推薦に基づき行政長官が任命します。そのため外国人の裁判官も多いのですが、この第44条は、国家安全関連の事案を扱う裁判官は行政長官が指名するとしています。これまでは民主活動で逮捕された人もわずか1ヶ月ほどの懲役刑で出所してくることが多かったのですが、今後は外国人による審理が排除され、より重い罪が科されるようになると思われます。
第46条には、陪審員なしで審理を行う場合があることが記されています。
元イギリス領であった香港では、過去に積み上げられた判例をもとに裁判官が中心となって裁判を行うコモンローの法体系が採用されています。裁判官に外国人が多いのはコモンローに従っているためであり、公開の対審を行うのも、陪審員制度もコモンローの特徴です。国家、安全維持法が、外国人による裁判を排除し、裁判の非公開や陪審員なしで審理を行う可能性を示していることは、コモンローによる法の支配の原則から逸れるものであり、法体系における「一国二制度」を崩すものと言うこともできます。
第48条から61条の第5章は中国政府が香港に設置する治安維持関連の出先機関についてです。
先ほど説明した国家安全維持法の枠組みでは、中央政府の出先機関である国家安全維持公署は香港の治安維持関連事案に間接的に関与するのみでしたが、第55条には、外国が絡む事案などについて、国家安全維持公署が直接管轄権を行使する可能性が記されています。
そしてこの場合、第56条によれば、検察を中国が担当し、裁判も中国で行われることになります。
第60条は、国家安全維持公署やその職員は職務を遂行するに当たって香港政府の干渉を受けず、捜査や証拠品の押収などもされないとしています。
つまり、香港国家安全維持法により、中央政府の出先機関が、香港政府の干渉を受けることもなく、香港内で独自に捜査を行い検挙し、中国の検察が訴追し、中国の裁判所が判決を出す、ということができるようになったのです。
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省略(動画本編でご覧ください)