戦争と国際法〜コーヒーブレイクしながらわかる
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1. 戦争を禁じる国際法
戦争に法律の枠をはめようという試みは、中世のヨーロッパに遡ることができます。
国際法の父とも呼ばれるグロティウスは、1625年に「戦争と平和の法」を出版し、戦争には正当な戦争、「正戦」と、不正な戦争があると主張しました。グロティウスは、正当な戦争は、自己防衛、財産の回復、処罰の場合に限られるとし、領土を奪ったり他人を支配することを目的とする戦争は不正であるとしています。
正当な戦争と不正な戦争があるという考え方の背景には、十字軍の遠征にみられるような、キリスト教的思想がありますが、18世紀になり近代主権国家が登場すると、キリスト教的な正戦論は廃れ、国家が一定の手続きにのっとって戦争を行うのであれば、交戦国はどちらも平等であるという「無差別戦争観」が主流となります。つまり、喧嘩両成敗的といいますか、喧嘩する同士は、どちらが先に手をだしたとか、理由がどうとかは関係ない、どちらか一方が悪とされることはない、ということです。
20世紀となると、戦争を違法とする他国間の条約が初めて結ばれます。1907年に欧米の13カ国が原締約国となって署名され、1910年に発効したポーター条約です。その第一条では、債権を回収するために兵力に訴えないことを約束するとされました。ポーター条約は、ラテンアメリカの国々がイギリスやドイツ、イタリアなど外国人に対する債務を履行しなかったため、艦隊を派遣し海上封鎖を行なったことがきっかけとなって結ばれた条約であり、借金の取り立てに軍隊を使ってはいけないという、特殊なケースを想定したものではありますが、戦争を違法化した初の国際法として大事な意味があります。
その後、第一次世界大戦が勃発しました。かつてない大規模な惨劇を経て、戦争を違法化する試みが進み出します。
1919年、各国は、国際連盟規約の前文で・締約国は戦争に訴えざるの義務を受諾するとし、また、仲裁裁判の判決や、紛争統治国を除いた連盟理事会の全会一致による勧告に従う国に対する戦争を禁止しました。
これは、債権の回収を目的とするものに限らず、戦争一般を違法化したという意味で歴史的に重要です。とはいえ、仲裁裁判に付されず、連盟理事会の全会一致を得られなかった場合は戦争が許可されることや、のちに日本やドイツがそうしたように、国際連盟から脱退してしまえば、規約に従うことが義務ではなくなってしまうなどの問題がありました。
そして1928年、パリで「戦争放棄に関する条約」、いわゆる「不戦条約」が締結されます。不戦条約の第一条では、「国際紛争解決のために戦争に訴えることを」正しくないことであるとして、「国家の政策の手段としての戦争を放棄することを、その各自の人民の名において厳粛に宣言す」るとされました。不戦条約は、自衛を除く戦争を全面的に禁止した画期的な条約で、それから100年近くを経た現代でも多くの国々が従わなければならない重要な国際法です。
ただ、わずか全3条の不戦条約には・違反に対する制裁についての規定がありませんし、戦争の定義が不明確であるなど問題点がありました。戦争を違法化する条約としての実効性に欠けており、条約を批准した日本は直後に満州事変を起こし、世界は第二次世界大戦の惨禍に見舞われることになります。
1945年、国際連合が発足します。二度の世界大戦の反省を踏まえた国連憲章は、前文で、「共同の利益の場合を除くほかは武力を用いない」とし、第2条4項で「加盟国は武力による威嚇または武力の行使を慎まなければならない」と規定しました。
ただし国連憲章は、武力の行使を全面的に禁止しているわけではなく、第51条で、自衛のためや、集団的自衛権の行使のための武力行使を認めています。
国連憲章には、具体的な制裁措置についても規定されています。
安全保障理事会は、侵略行為などの存在を決定し、いかなる措置をとるかを決定し、「非軍事的措置」としての経済制裁、航空などの運輸手段、郵便などの通信手段の中断、外交関係の断絶などが不十分な場合について、軍事的措置としての陸海空軍による行動・示威・封鎖を実施することができるとされています。
2. 国際人道法
以上は、戦争を禁止する国際法ですが、それでも戦争が発生してしまった場合に、交戦国が守らなければならない国際法もあります。
その代表がジュネーブで1864年以降に結ばれた諸条約、いわゆるジュネーブ条約です。
最初のジュネーブ条約は、1864年に作成された、陸上戦で負傷した兵士の救護を目的とした条約です。その後2度の改正を経て、第二次大戦後の1949年に第1条約となります。1899年には海戦の負傷兵救護の条約も作成され、これは、1907年に改正され、1949年に第2条約となりました。さらに1929年に捕虜の待遇に関する条約がつくられ、1949年に第3条約となります。そして、戦地の民間人の保護を目的とした第4条約が1949年に作成されました。
さらに1977年、民間人の保護や戦闘の手段及び方法等を詳しく規制する、2つの追加議定書が制定されました。
ジュネーブ条約には世界のほとんど全ての国が加入しており、条文の内容は、宣戦布告がなされた戦争のみならず、内乱を含む全ての武力紛争に適用されます。
3. 近年の戦争と国際法
では、これらの国際法と、近年の戦争との関係をみてみましょう。
まず、1991年の湾岸戦争です。
1990年8月2日、イラクがクウェートに侵攻しました。国際連合の安全保障理事会は、その日のうちに、国連憲章第39条と40条に基づいて、即時無条件撤退を求める決議を行いました。
それから4日後の8月6日、国連憲章第41条に基づく経済制裁が決議されます。
8月8日、イラクはクウェートの併合を発表しました。
そして11月29日、安全保障理事会が国連憲章第42条に基づく武力行使を決議します。
その後アメリカを中心とし、一部の東側諸国やアラブ諸国を含む、34カ国からなる多国籍軍が組織され、1月17日にイラクへの空爆攻撃を開始しました。2月23日には陸上戦も始まって、多国籍軍が圧倒的に勝利し、陸上戦開始から100時間でクウェートを解放しました。
2001年のアメリカ同時多発テロ後のアフガニスタン戦争については、
2001年9月11日に同時多発テロが発生し、10月7日に、事件の首謀者とされたテロ組織、アルカーイダを匿っている疑いのあるアフガニスタンのターリバーン政権に対し、アメリカ・イギリス軍が空爆を開始しました。
同日、アメリカ・イギリスの両政府は、安全保障理事会に対して、個別または集団的自衛権の行使であるとの報告を行っています。
つまり、この戦争は、湾岸戦争のような、国連憲章第42条に基づく、安全保障理事会の決議を経た武力行使ではなく、国連憲章第51条に基づく集団的自衛権の行使である、という建前をとっています。
なお、この戦争を集団的自衛権の行使とすることについては、テロ攻撃が、自衛権行使の際の条件と考えられている、その後も続く差し迫った脅威と言えるのかどうかとか、テロを行なったのはアルカイーダなのに、タリバン政権を攻撃することは正当と言えるのか、等の議論があります。
アフガニスタンからアメリカ軍が完全に撤退するのが2021年8月です。短期で終わった湾岸戦争と異なり、戦争が20年もの長期にわたってしまったことには、開戦当初から攻撃の正当性に疑義があったことが少なからず関係していると言えるのかもしれません。
2003年のイラク戦争では、安全保障理事会において、イラクが湾岸戦争の停戦条件として受託した大量破壊兵器の破棄の義務を果たしていないとして、アメリカとイギリスが武力行使を主張し、ロシア、フランス、ドイツがこれに反対するなかで、3月19日、アメリカ、イギリス軍が安全保障理事会の決議なし武力攻撃を開始しました。このときは、湾岸戦争の時の、1990年のイラクに対する武力行使承認の安全保障理事会決議を根拠とする、という論理で武力行使が行われています。
この戦争は、大規模な戦闘は2003年中に終了しましたが、その後も、大量破壊兵器が見つからなかったことなどから戦闘は続行し、アメリカ軍の完全撤退は2011年12月のことでした。
2014年のロシアによるクリミア併合は、ロシア軍であると疑われる武装勢力が議会を占拠する中で、親ロシア派のクリミア自治共和国首相就任、クリミアのロシア人庇護を目的とするロシア軍派遣をロシア上院が承認、クリミアで住民投票が行われロシア編入を圧倒的多数で決議、ロシアがクリミア併合を宣言、という流れで行われました。ロシアは、自国民を保護する自衛権の行使という名目でクリミアに侵攻し、クリミア併合については、クリミア共和国という独立国家がロシアへの帰属を希望したのであって、ウクライナから領土を奪ったのではない、として、全て国際法にのっとった措置だと主張しています。
2018年、アメリカ、イギリス、フランスは、シリアのアサド政権が、内戦で化学兵器を用いたとして、シリアを攻撃しました。これに対しロシアは、安全保障理事会の決議を経ていない武力行使であり、国際法違反だと批判しました。一方、米英仏は、国連憲章が禁じているのは国家間での武力行使であり、内戦への介入の場合はこれに抵触しない、という論理を展開しました。
4. ロシアのウクライナ侵攻と国際法
では、今回のロシアによるウクライナ侵攻はどうでしょうか。
ロシアによるクリミア併合と同じ2014年、ウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州の一部が、人民投票の結果を根拠として、それぞれドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国として独立を宣言しましたが、独立を承認する国はなく、後ろ盾となったロシアも独立承認を控えてきたため、国際法上は国家として認められていませんでした。
2022年2月21日、プーチン大統領は、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の独立を承認する大統領令に署名し、あわせてロシアと両共和国との友好協力相互援助条約に署名しました。そして、ロシア国防省に対して、両共和国に軍の部隊を派遣して、平和を維持するよう指示しました。つまりロシアは、両共和国との条約に基づく集団的自衛権の行使の名目でウクライナ侵攻を行なった、ということです。また、ウクライナ東部地域ではロシア系住民の虐待があるとして、自国民保護の自衛権の行使という論理もとっているようです。
これらの理屈が正当かどうかは別として、ドネツク州とルガンスク州への侵攻については、個別的または集団的自衛権の行使だと説明することはできるでしょう。しかしロシアはドネツク州、ルガンスク州だけでなく、ウクライナの広い地域に侵攻しており、首都キエフにも迫ろうとしています。これは国際法上、どのように説明されるのでしょうか。
同時多発テロ後の米英軍のアフガニスタン攻撃では、差し迫った脅威とは言えない敵を、自国の外で攻撃をしたにも関わらず、個別または集団的自衛権の行使であるとの説明がなされました。この論理が通用するのであれば、「ルガンスク、ドネツク両共和国を攻撃する可能性があるから、ウクライナを攻撃する」との理屈も一応は成り立つ、ということになるでしょう。
以上、ロシアの軍事侵攻を、国連憲章や不戦条約の観点からみてきましたが、国際人道法であるジュネーブ条約の観点からはどうでしょうか。
ロシアは、ウクライナが核兵器を保有しようとしているので・それを阻止する、という理由を掲げて、原子力発電所を制圧しました。この点に関し、ジュネーブ条約の第1議定書第56条第1項は、ダム、堤防および原子力発電所は、たとえそれが軍事目標であっても、住民に重大な損失をもたらす時は攻撃の対象としてはならないとし、これらの施設の周辺の軍事施設も同様に攻撃対象としてはならないと明記しており、ロシアの行為は、この条文に明らかに反しています。
また、ロシア軍がミサイルで病院や学校、住宅などを攻撃したと報じられており、これらは、民間人を攻撃の対象とすることや、無差別な攻撃を禁止した第1議定書第51条、民間人が使用する物への攻撃を禁止した同第52条に違反していると考えられます。ロシアが、それらの施設は軍事目的に使用されていたと主張したとしても、同第52条3項には、住宅や学校など通常民生の目的で使用される物が軍事目的に使用されているかについて疑義がある場合は、使用されていないと推定する、と明記しており、そうした主張は通らないと言うべきでしょう。
ロシア軍が、大量破壊兵器である燃料気化爆弾を使用したとの報告もあり、事実だとすれば、これも無差別攻撃を禁じた第1議定書第51条などに違反しています。
さらに、ロシア軍がウクライナ軍の旗や制服を使用したとの報告もあり、これは、陸上戦に一定のルールを設けた1900年発効のハーグ陸戦条約に反していることになります。
5. 国際法で何ができるの?
では、ロシアが国際法違反をしているとした時に、国際法はどのような措置をとることができるのでしょうか。
湾岸戦争の時のように、安全保障理事会の決議に基づく多国籍軍の結成は、ロシアが拒否権を持つ常任理事国であるので、不可能です。
国連憲章は、個別または集団的な自衛権による交戦は認めていますが、ウクライナと同盟関係にないアメリカ他の国々が集団的自衛権の行使を掲げて参戦することはできません。ただ、それはつまり、今からでもウクライナがNATOに加盟すれば集団的自衛権の行使を名目にNATO軍の参戦が可能となりますが、NATOは、ウクライナの加盟は核戦争につながりかねないロシアとの戦争に踏み切ることを意味するため、否定的な姿勢を見せています。
ウクライナは国際司法裁判所に提訴しました。とはいえ、ロシアは、国際司法裁判所の強制管轄権を認めていないので、つまり、審理のためには関係国の同意が必要となるので、国際司法裁判所がこの問題について判決を下せることはないでしょう。なお、もし仮にロシアが国際司法裁判所での審理に同意し、その結果有罪判決が下されたとした場合、判決は関係各国に対して拘束力があるので、ロシアはそれに従うべきということになりますが、国内の裁判所とは異なり国際司法裁判所の判決は強制執行ができないので、結局はロシアの意のままになります。
ロシアによるウクライナ侵攻をプーチン大統領個人の罪であるとして、個人の国際犯罪を扱う国際刑事裁判所で裁くということについては、国際刑事裁判所は3月2日に、ロシアのウクライナ侵攻が戦争犯罪にあたるとみて捜査を開始すると発表しましたが、国際刑事裁判所は国連の機関ではなく、ロシアは国際刑事裁判所の非加盟国なので、仮に判決が出されたとしても、実効のあるものとなるとは考えられません。
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省略(動画本編でご覧ください)