黒田日銀総裁「家計は値上げを許容」発言の本当の意味〜コーヒーブレイクしながらわかる
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6月6日の黒田東彦日銀総裁の共同通信きさらぎ会での講演でなされた「家計は値上げを許容している」との発言が物議を醸し、総裁は早々に撤回を表明しました。
日銀総裁の講演といえば、練りに練られた原稿を読み上げるので、失言というのはまずあり得ず、揚げ足をとられるような文言も含まれていないはずのものなのですが、なぜこのような大きな問題になってしまったのでしょうか。また、黒田総裁の真意はどのようなものだったのでしょうか。
黒田総裁の発言を改めてみてみましょう。
問題の発言は、講演の最後のほうで、インフレ予想の変化について述べた部分でなされたものです。
そこでは、東京大学渡辺努教授が実施したアンケート調査で「馴染みの店で馴染みの商品の値段が10%上がった時にどうするか」という問いに対し、2021年8月時点では「他店に移る」との回答の割合が半数以上だったのに、2022年4月時点では「値上げを受け容れ、その店でそのまま買う」との回答が半数以上を占めるようになったことから、「日本の家計の値上げ許容度もたかまってきている」とされ、「持続的な物価上昇の実現を目指す観点からは、重要な変化と捉えることができ」る、とされています。
そして、ひとつの仮説として、「コロナ禍における行動制限下で蓄積した「強制貯蓄」が、家計の値上げ許容度の改善につながっている可能性が」ある、として、
「強制貯蓄の存在等により、日本の家計が値上げを受け容れている間に、良好なマクロ経済環境をできるだけ維持し、これを」「賃金の本格上昇にいかにつなげていけるかが当面のポイントである」としました。
この、家計の値上げ許容度がたかまってきている、とか、家計が値上げを受け容れている、という部分がマスコミによって切り取られ、SNSなどで、「値上げを受け容れているわけではない」、「しょうがないから買っているだけだ」との批判の嵐が巻き起こり、テレビの朝の情報番組では「庶民の苦しい生活の状況が全くわかっていない」と声を荒らげる主婦の映像が流されたりしました。国会では、野党議員が黒田総裁に対し「ご自身がショッピングしたときの感覚、実感をお聞かせください」と質問し、ニュースサイトでは、日銀黒田総裁の“上級国民”生活!」という見出しの記事が掲載されたりしました。
では、黒田総裁の発言の真意はなんだったのでしょうか。
まず、「家計の値上げ許容度がたかまってきている」という部分についてですが、これは、この発言が含まれる部分の小見出しが「インフレ予想にみられる変化の胎動」となっていることからもわかるように、これは家計のインフレ予想の変化について述べたものです。
消費者の行動にアンケート結果のような変化が現れたのは、人々が、馴染みの店で馴染みの商品の価格が値上げされたのを見た時、どうせ他の店に行っても同じように値上げされているだろう、他の類似商品を買うとしても、そちらも高くなっているだろうと予想するようになってきたため、と考えられますが、これはすなわち、人々のインフレについての予想が変化した、ということです。
講演の第三章第一節では、日本が大胆な金融緩和を行なってきているにも関わらず、2%の物価上昇目標を達成できない背景には、欧米とことなり日本は屈折需要曲線に直面している、つまり、企業は、わずかにでも値上げをすると、大幅に売れ行きが落ちてしまうので、値札を変えようとしないことがある、としています。この屈折需要曲線が、人々のインフレについての予想が変わったことにより、図のように変化した、それゆえ、日本だけが物価がいつまでたっても上がらない状態は変わりそうだ、と黒田総裁は言いたかったのであり、それぞれの家計に値上げを受け入れられるほどの余裕があるかどうかを述べる意図は、全くなかったのです。
でも、すらっと「屈折需要曲線が変化してきている」と言ってもなんのことかわかりませんから、黒田総裁は、それをひとことで「家計の値上げ許容度がたかまってきている」、と表現したわけですが、確かにこの表現では誤解を生むのはもっともであり、それゆえ日銀総裁の発言としては異例の撤回が行われたのでした。
つぎに「コロナ禍における行動制限下で蓄積した「強制貯蓄」が、家計の値上げ許容度の改善につながっている可能性が」ある、という部分について考えてみましょう。
コロナ対策の特別定額給付金について、その多くが貯蓄されてしまい、消費にまわらなかったため、景気を浮揚する効果がほとんどなかった、という議論がよくなされますが、この貯蓄が黒田総裁が言う「強制貯蓄」です。
普通ならば、中央銀行が国民にお金をバラ撒けば、それにより消費がなされて、物価が上がる、という流れになるはずなのですが、コロナの特別定額給付金は貯蓄されてしまって、そのような流れが生じなかった、しかし今、その貯蓄が取り崩されて、消費がなされるようになっきた、それゆえ物価が上がるかもしれない、と黒田総裁は考えているということです。
つまり黒田総裁は、たとえ本人が「上級国民生活」を送っているとしても、庶民の生活は、貯蓄を取り崩さなければならないほどに厳しくなっていると考えており、この貯蓄の取り崩しによって、家計のインフレ予想が変化した可能性がある、と述べたのです。
ただそれでは、「日銀は庶民の生活が苦しいのを知っていながら放っておいて物価を引き上げるのか」と批判されることになるでしょうけれども、この点についての答えが講演の最後の部分です。
これを噛み砕いて言うと、
消費者が定額給付金による貯蓄を取り崩して家計をなんとかやりくりしている間に、景気をできるだけ悪化させないようにして、それを今後の賃金の本格的上昇につなげていくことが大事、となります。
物やサービスの価格が一律に値上がりしても、人々の賃金が、同じ率か、それ以上に上昇すれば問題はないので、そういう状況を作らなければならない、ということです。
なお、「景気をできるだけ悪化させない」というのは、経済を、物価上昇と景気後退が同時に発生するスタグフレーションの状態に陥らせてはならない、と置き換えることができますが、以前の「スタグフレーション」の回でお話ししたとおり、スタグフレーションへの対策としては金融政策は全く無力です。
また、「良い円安と悪い円安」の回では、円安によってグローバル展開する大企業や輸出企業は得をするけれども、賃金がなかなか上がらないので、輸入物価の上昇の影響を被る消費者は損をする、というお話しをしましたが、この賃金がなかなか上がらない問題を解消するのは、日銀ではなく、政府や産業界がなすべき仕事です。
つまり黒田総裁は、「日銀の仕事はうまくいき始めた。あとは政府等がしっかり仕事をしてくれなくてはならない」と、暗に言っていると言ってもいいかもしれません。
Some clues...
省略(動画本編でご覧ください)