TOP > OZCパブリッシング > コーヒーブレイクしながらわかる > リーマンショックとコロナショック【前編】リーマンショック

リーマンショックとコロナショック【前編】リーマンショック

本ページでは日本や世界の経済や社会の話題について、わかりやすくかつ漏れのない解説をめざすYoutubeチャンネルオーズ・リサーチ・ラボ掲載の動画の内容をご紹介しています。原則週に1本新作が掲載されますので、ぜひチャンネル登録を!

1. サブプライムローン問題って何?

リーマンショックは、アメリカのサブプライムローン問題により起きた投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻と、その後の連鎖的な世界規模の金融危機のことですが、まずはサブプライムローン問題がなんであるかをみていきましょう

信用力が高く優遇金利で融資を受けられる人向けのプライムローンに対し、サブプライムローンはクレジットカードで延滞を繰り返すなど信用力の低い人や、収入の少ない人などを対象とし、プライムより金利は高いものの収入証明を必要としないなど審査の基準が緩い住宅ローンのことをいいます。

アメリカでは2003年後半からの住宅ブームを背景にして住宅ローン専門会社などがサブプライムローンを増やし、その残高は住宅ローン全体の1割を占めるに至りました。

プライムローンは通常全期間、固定金利ですが、サブプライムローンでは最初の2年間だけ低い金利で固定され、以降は一般の住宅ローン金利に上乗せ分を乗せた変動金利が適用されました。2004年後半からアメリカの金利が上昇傾向にあったこともありサブプライムローンの返済額はローン開始から2年が過ぎるとたいてい大きく増加しました。

ただ同時に住宅価格も上昇傾向にあり、担保価値が上がるので借り換えることもでき、金利の支払いが苦しければ住宅を売ってローンを返済することもできたため、あまり問題は発生しませんでした。

ところが住宅価格は2006年夏頃にピークを迎え、下落に転じ、返済の延滞や差し押さえが急増します。2008年5月の時点で、サブプライムローンのうちおよそ25%の返済が滞ったと言われています。

サブプライムローンの問題は、ローンが証券化され広く販売されたことにより世界経済を巻き込む大問題に発展していきます。

その仕組みは、まず住宅ローン専門会社が住宅購入者に融資して得たサブプライムローン債権を、ファニー・メイやフレディ・マックなどの金融機関が買い取ります。これらは住宅ローン債権を買い取ることで住宅ローン専門会社などが次の不動産融資をしやすくしてマイホームの取得を促進することを目的とする政府関連金融機関で、買い取った複数のサブプライムローン債権を担保にした証券、RMBSを発行し販売します。

そして投資銀行が複数のRMBSを裏付けにした証券、CDOを組成して、世界の機関投資家に販売しました。

CDOは、損失発生時の負担が少ない順にシニア債、メザニン債、エクイティ債などに分けられ、そのうちのシニア債にはトリプルAなどの高い格付けが付けられました。つまり、そもそもは信用が低いサブプライムローンから作られたのに高い格付けを持つ魔法のような商品だったのですが、住宅価格の上昇により問題が起きることもなく、格付けが高いのに高利回りを期待できる金融商品として国際的に広く販売されました。

しかし住宅価格の下落が始まると魔法が解け、状況は坂道を転げ落ちるように一気に悪化していきました。

サブプライムローンの延滞率上昇に伴い住宅ローンを証券化した商品の価格が下落し始め、2007年3月に大手住宅金融会社の経営危機が表面化します。7月に格付け会社がRMBSの格下げに踏み切り、そして8月、フランス最大手のBNPパリバ銀行が傘下の3つのCDOの買取に応じないと発表すると、投資家の不安が一気に広がりました。9月にはイギリスの中堅銀行の資金繰りが問題視されてイギリスとしては約140年ぶりの預金の取り付け騒ぎが発生します。

住宅ローン、証券化商品を大量に保有する世界の金融機関がみな大きな評価損を抱えました。最大の損を出したのはシティグループで2007年10から12月期に235億ドルの巨額損失を計上しました。2位はユービーエス、3位はメリルリンチで、いずれも中東やシンガポール、中国などの政府系ファンドから巨額の出資を受け入れることになります。日本で最大なのはみずほフィナンシャルグループで損失額は5650億円にのぼりました。


2. リーマンショックはどう進行した?

2007年の時点ではまだ楽観的な空気もあったのですが、2008年に入ると世界経済に大嵐が吹き荒れます。

投資銀行は預金という形で資金を調達できないので、通常、短期資金市場に、担保を差し入れ、資金を借り入れ、投資などを行います。ところが担保の住宅ローン、証券化商品の価格が下落し、追加担保が必要となったり担保として使えなくなってしまったことから投資銀行は軒並み資金難に陥りました。

経営危機に陥った投資銀行のベア・スターンズがジェーピーモルガンチェースに、メリル・リンチがバンク・オブ・アメリカに政府主導で買収されました。住宅ローン、証券化商品の評価損に苦しむ商業銀行のワコビアもウェルズ・ファーゴに買収され、貸し倒れの増加などにより経営危機に瀕したファニー・メイとフレディマックが公的資金で救済されます。

ところがアメリカの第4位の投資銀行だったリーマン・ブラザーズは買い手が見つからず、9月15日に経営破綻しました。その負債総額は64兆円と史上最大の金額でした。

リーマン・ブラザーズの破綻の翌日、AIGが政府の管理下に置かれ、FRBによる緊急融資を受けて救済されることになりました。AIGはクレジットデフォルトスワップという債務保証の仕組みで住宅ローン、証券化商品の保証を大規模に行なっており、そのがくは47兆円にも達していました。11月にはシティ・グループが政府資金注入と不良債権に対する政府保証等により救済されました。

金融が大混乱し、市場や企業にお金が回らなくなる信用収縮が広がりました。優良企業ですらも資金の調達が困難になって企業活動は停滞しました。そして、第3章でお話するように株価が暴落し、それによる逆資産効果で個人消費も停滞しました。

グラフはアメリカのGDP成長率の推移です。サブプライムローン問題が深刻化した2007年はまだ2%近い伸びがありましたが、リーマン・ブラザーズの破綻があった2008年にマイナス成長に落ち、2009年にはマイナス2.5%と、深刻なリセッションに陥りました。

2007年代に4%台だった失業率は、2008年末には7%を超え、2009年10月には10%を付けるに至ります。

世界の経済はアメリカ中心にまわっているため、アメリカ経済の状況はすぐに世界へ伝播しました。世界の成長率はアメリカ同様に2008年に大きく落ち込み、2009年はマイナス成長となってしまいました。

日本については、日本の金融機関は住宅ローン、証券化商品にはあまり手を出しておらず、サブプライムローン問題による影響は軽微でした。ところが、リーマン・ショック前後に40円近い幅の急激な円高が進み、輸出が不振に陥ってしまいます。2008年のGDP成長率はマイナス成長に落ち込み、2009年にはマイナス5%をも超える深刻な景気後退を経験することになりました。

リーマン・ブラザーズの破綻直後までは各国の政府の対策は個別の金融機関の救済が中心で、経営危機にある金融機関への資本注入や損失保証、公的管理などを実施しました。株価の暴落が始まると、マクロ経済政策に全力が注がれます。10月8日、アメリカと欧州の6つの中央銀行が協調利下げを実施しました。FRBは10月28日にも0.5%の引き下げを実施し、さらに12月にも引き下げを行いアメリカの政策金利はほぼ0%となりました。

日銀も2008年10月に0.5%から0.3%へ、12月にはさらに0.1%へと引き下げを実施しました。また、各国ともに金利が0%に近づき、引き下げ余地がなくなったこともあって、いわゆる量的緩和も行われます。積極的な財政政策も実施され、各国が大規模な減税や個人消費を支援する補助金の支給、企業向けの補助金支給などを次々と打ち出しました。

リーマンショックは、1929年10月に始まり、GDPが30%減少、4人に1人が失業した大恐慌の再現かと恐れられましたが、各国が一斉にかつてない大規模なマクロ経済対策を実施したことなどにより、世界経済は文字どおりの、V字回復を果たしました。


3. そのとき株式市場は?

では、リーマンショック前後の株式市場の動向をみてみましょう。

アメリカ株式市場はITバブル後の景気の後退期を脱し、2003年3月から長い上昇局面に入りました。住宅価格が上昇を続け2006年ころからは住宅バブルと言うべき状態になり、合わせて株価もグングン上がっていきました。

ダウ、平均株価は大手、住宅ローン会社の上場廃止などがあった2007年3月に3%下落しますが、すぐに再び上昇傾向に戻ります。この時期は企業業績がいいことなどから市場はまだ楽観していたのです。流れが変わるのは格付け会社によるRMBSの格下げがあった7月で、パリバショックがあった8月には週間で5%を超える下落がありました。

その後シティーグループ等が巨額の損失を計上しますが早期の処理を評価する声もあり、市場は乱高下しつつも明確な下落傾向は示していませんでした。

2008年に入ると13000のラインを下に抜け、3月には投資銀行、ベア・スターンズの救援買収などがあり大荒れとなります。4月になると危機の出口は近いとの見方が広がり、やや回復しますが、6月以降はファニーメイ等に公的資金注入がなされる9月上旬にかけて下落していきます。

リーマンショックの9月15日にダウ平均株価は4.4%下落しました。10月に入ると、日々数百ポイント動く乱高下を繰り替えしながら暴落していきます。10月の高値から安値への下落幅は25%を超えました。その後も株価は低迷を続け、大底をつけるのは翌年の3月です。リーマンショックが発生する直前からの下落幅は43%、2007年10月のピークからは実に54%の下落で、株価は半分以下となったのです。

日経平均株価は、リーマンショックの翌営業日に約5%下落し、ダウ、平均株価と同様に10月に入ってから暴落します。10月10日には下落幅が1000円を超して一時取引停止となりますが、3連休後の14日には反発して、歴代最大の14.5%上昇します。しかし16日に1987年のブラックマンデーに次ぐ下落率の11.4%の暴落を記録しました。28日には一時7000円を割り込みました。

リーマンショック直前から最安値への下落率は43%で、2007年6月につけた高値からの下落率は62%に達し、震源地であるアメリカのダウ平均以上の大暴落となったのでした。


Some clues...

省略(動画本編でご覧ください)

 


日本や世界の経済や社会の話題について、わかりやすく・漏れのない解説をめざすYoutubeチャンネルです。



地図を使って日本や世界の歴史を詳しく説明しています。


16世紀の広西壮族のスーパーヒロイン瓦氏夫人をモデルとして描く大河小説。
2021年12月28日第2版発行



技術の進歩が社会にもたらす不可思議を描くショートショート8本。
2019年6月17日刊行



近代外交経済小説の表題作および『ステーツマン』『上海ノース・ステーション』の三篇を収録
2017年5月15日刊行



連作『倭寇の海』第一弾。嘉靖大倭寇に最初に挑んだ英傑、朱紈の物語。東洋一の密貿易基地で海賊の巣窟、双嶼を攻略する……
2016年2月18日刊行



キャンパスの花は魔性の間諜か?平和の女神か?
2014年1月18日刊行



天才エコノミストが通貨の力で戦争を戦い、通貨の力で戦争を終わらせる……

Copyright(C) since 2011 OZ CAPITAL LTD. Privacy Policy