1からわかる半導体(下)半導体市場&米中の覇権争い他〜インフレ〜コーヒーブレイクしながらわかる
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半導体市場の動向
グラフは世界の半導体市場の成長の過程を示したものです。
半導体市場の規模は1960年から1995年にかけて、パソコンの普及に伴い、年率17%もの高成長を遂げました。その後、1995年から2010年は年率5%、2010年から2015年は年率2%強と成長が鈍化していきます。ただ、あとでみるように、ここ数年は、再び成長率が高まっています。
次に地域別の市場シェアの変遷のグラフです。1980年代初頭まではアメリカが圧倒的で、90年前後は、 の生産を伸ばした日本が世界の半導体市場を席巻しました。しかしその後、シェアをどんどん落としていき、最近では10%をも下回ってしまっています。かわってシェアを伸ばしたのが韓国と台湾、中国の東アジア勢です。アメリカはマイクロプロセッサ等の付加価値の高い半導体製品にシフトして、2000年頃以降、一貫して高いシェアを保っています
では、最近の状況をみてみましょう。グラフは2011年以降の世界の半導体製品の出荷金額を示したものです。2016年まではほとんど横ばいですが、その後、世の中のIT化の急拡大に伴い増加傾向となっています。
なかでも、2017年には前年比22%、2018年も前年比14%もの急増となっていますが、
種類別の出荷額をみてみると、2017年から2018年にかけて、メモリの出荷額が大きく伸びていることがわかります。この時期、クラウドが普及し始めたことからデータセンター向けのDRAMの需要が高まったこと、ゲーム機向けの高性能グラフィックスDRAMの需要も増えたこと、スマートフォンの高性能化によりDRAMの容量が増えたことなどが出荷急増の理由です。
DRAMの需要は、一時的に大きく盛り上がると、その翌年や翌々年に、反動で大きく落ち込む傾向があり、2019年は、絶好調だった2017年と2018年の反動で、前年比マイナス30%を超える減少となりました。
その結果、半導体市場全体でも、2019年はマイナス12%ものマイナス成長となりました。
そして、2020年ですが、年初の段階では、2017から2018年のブームの反動も残っているので、高い成長は期待されていませんでした。また、春頃には、新型コロナ感染症の大流行により、ゼロ成長か、マイナス成長となることが予想されました。
ところが実際には、テレワークやオンライン授業が一気に増えたためパソコンやインターネット接続機器の出荷が増えたこと、家で過ごす時間が増えたためにゲーム機器の販売が好調となったこと、5Gスマートフォンの出荷が本格化したこと、新型コロナからいち早く立ち直った中国で電気自動車等、自動車需要が急回復したことなど、予想に反して半導体の需要が大いに盛り上がりました。
また、アメリカが中国の通信機器大手ファーウェイ社への半導体の輸出規制を発表し、ファーウェイ社が輸出規制の実施前に在庫を積み上げたことが、半導体に対する世界的な需要超過に拍車をかけました。
これらの結果、半導体需要に供給が全く追いつかなくなり、2020年の末には半導体不足が鮮明になってきます。
半導体不足の影響が色濃く出たのが自動車業界です。今の自動車は、エンジンの燃焼状態の制御や変速機の制御など、あらゆる場面で半導体が使われており、1台の車に搭載されているマイコンの数は数十個になります。
自動車メーカー各社は、半導体なしでは車を作ることはできず、半導体不足を理由にした生産ラインの停止を相次ぎ発表しました。
2021年3月には、マイコンを生産するルネサスエレクトロニクスの工場で火災が発生し、これが半導体不足を一層深刻にしました。
半導体の増産には時間がかかるので供給はすぐには増えず、一方で需要は、5Gスマートフォンの販売が本格化すること、電気自動車や自動運転の普及が進むこと、クラウド・コンピューティングや仮想資産の採掘が拡大すると予想されることなどから増え続けるでしょう。そのため問題は長期化する見込みであり、不足が解消されるのは2023年との見方もあります。
半導体の国際政治学
半導体は、スマートフォンや家電、自動車など、電気で動くありとあらゆるものに組み込まれており、人が生きていくのに、今やなくてはならないものとなっています。また、空母や軍用機などにも極めて多数使われており、半導体は軍事的にも極めて重要な戦略物資です。
よって、覇権を競うアメリカと中国との間で、半導体をめぐる激しい争いが起きるのは、至極当然と言ってもいいでしょう。
アメリカ政府は、2019年5月に、ファーウェイ社等へのアメリカ製品の輸出を原則禁止しましたが、アメリカ国外で製造された半導体がファーウェイへ提供されるのも阻止すること等を目的として、2020年5月に、ファーウェイの設計した半導体を、アメリカ製の製造装置やソフトウェアを使って製造する場合は、ファーウェイへの輸出を原則禁止とすることを発表しました。
さらに2020年8月には、ファーウェイ以外が設計した半導体も、規制の対象に加えるとしました。
アメリカは世界の半導体製造設備市場の過半数を占めるといわれ、ファウンドリの最大手、TSMCも当然アメリカ製の製造設備を使っています。ファーウェイや、その小会社のハイシリコンは、自社で設計した半導体の製造をTSMCに委託していましたが、2020年5月発表の規制により、実質的にできなくなりました。
また2020年8月発表の規制により、他社が設計してTSMCに生産委託した最先端の汎用品を入手することもできなくなり、ファーウェイに対しスマートフォンのSoCを提供していた台湾のメディアテックの製品や、同じくメモリーを提供していたサムスン電子の製品も実質的に使用できなくなりました。
ファーウェイは2019年の移動通信基地局の市場シェアが世界首位、スマートフォンの出荷額はサムスンに次ぐ世界2位で、そのほかにも、サーバー、パソコン、スマートテレビなどさまざまな製品を手がけています。しかし今後、最先端の半導体を調達できなくなることで、5G対応のスマートフォンの開発などで、他のメーカーに遅れをとることになる可能性が高まりました。
さらにアメリカ政府は、中国のファウンドリ企業であるSMICを、アメリカの安全保障や外交上の利益に反する企業を列挙した「エンティティ・リスト」に追加すると、2020年12月に発表しました。これによって、アメリカ製の製造設備や材料のみならず、アメリカの技術を一定割合以上使用している日本製の製造設備や材料もSMICへの輸出が事実上禁止されました。
アメリカは、中国による半導体や半導体を使った製品の生産能力を削ぐ一方で、自国の半導体生産能力の強化を積極的にすすめています。
TSMCは2020年に、アリゾナに最先端の5nmの半導体生産工場の建設を決定しましたが、これはアメリカ政府の強い要請に従ったものです。アメリカは半導体の設計では世界をリードしていますが、製造の面では台湾や韓国に遅れをとっています。そのため、産業にも安全保障の観点からも極めて重要な最先端の半導体を国内で生産できる体制の整備が目指されているのです。
ファーウェイやSMICへの輸出禁止、TSMCのアメリカへの進出要請は、いずれもトランプ政権時代になされたものです。バイデン政権は、環境政策などでトランプ政権の政策をひっくり返していますが、半導体に関しては、トランプ政権と路線は同じようです。
バイデン大統領は、就任早々の2021年2月に、商務省、エネルギー省、国防総省、保健福祉省の4長官に対して、半導体や電気自動車等の大容量バッテリー、レアアース、医薬品の4分野の供給網、いわゆるサプライチェーンの強化に向けた政策案を出すよう指示しました。そして6月、半導体について、国費を投入したり、日本や韓国といった同盟国、友好国と協力して生産強化を図るとする報告書がまとめられました。
報告書を受け、上院で、半導体製造の強化や研究開発のための補助金として5.7兆円もの巨額の支出が盛り込まれた、「アメリカ技術革新競争法案(United States Innovation and Competition Act)」が可決されました。同法は、今後下院での審議を経て、バイデン大統領が署名することで成立します。
一方の中国にとっても、経済から軍事、海から宇宙開発まで、あらゆることにおいて鍵となる半導体の分野で主導権を握ることは、国家を挙げての最重要課題のひとつです。
半導体をめぐって、中国は、アメリカへの対抗姿勢を強めています。
製造装置世界最大手のアメリカのアプライド・マテリアルズは、2019年に、日立系列で成膜装置等を手掛けるKOKUSAIエレクトリックを買収すると発表しましたが、2021年3月に、中国当局による承認が得られなかったため、買収を断念したことを明らかにしました。また、2018年には、半導体出荷額で世界6位のアメリカのクアルコムによる、同じく9位のNXPセミコンダクターズの買収計画が、やはり中国政府の承認の遅れにより断念されています。第3章でもお話しした、アプライド・マテリアルズが東京エレクトロンとの経営統合を目指したケースでは、両社を合わせれば半導体設備の分野で圧倒的シェアを有することになり、市場が寡占されてしまうので、アメリカ司法省の承認が得られなかったのですが、中国当局の承認が得られなかったこれらふたつのケースは、競争政策上の観点というよりも、アメリカへの対抗という外交政策上の観点から判断がなされたのではないかと考えられています。またアプライド・マテリアルズによるKOKUSAIエレクトリック買収のケースについては、KOKUSAIエレクトリックがアメリカ企業に買収されると、アメリカ政府の規制により、KOKUSAIエレクトリックの製品を輸入できなくなるから承認しなかったのではないかとの見方もあります。
中国は、2025年までに国内で使用する半導体の70%を国産に切り替えるという目標を立てており、国内の半導体関連企業に巨額の国家支援を行っています。2014年には政府系の半導体ファンド「国家集成電路産業投資基金」を設立し、2019年までに2兆円を超える投資を終えました。現在は第2号ファンドが投資を本格化させており、その資金規模は4兆円にのぼる見込みです。
政府の支援は半導体設計会社や製造設備会社などにも投入されていますが、なかでも重点的に支援しているのが中国のファウンドリー企業であるSMICです。
中央政府や地方政府の支援を得てSMICは供給能力の強化を急ピッチで進めており、昨年から今年にかけての報道だけでみても、2020年5月には上海工場が、2400億円の出資を得て、生産能力を約6倍に拡大する計画を発表し、12月には、国家集成電路産業投資基金の25%の出資を含む資本金約5500億円の新会社を設立し、北京市内に新工場を立ち上げると発表しました。さらに2021年3月には、広東省の深セン市にも、総投資額2600億円規模の工場を建設するとしました。
このように中国は、国を挙げて半導体分野での覇権戦争を戦っているのですが、とはいえ、調査会社のIC Insightsによると、半導体需要の伸びに供給が追いついておらず、中国の半導体の自給率は16%程度にとどまっており、目標の70%には程遠い状態です。また、SMICは28nmの半導体生産が中心で、14nmの生産がようやく可能となった段階です。第3章でお話したように、TSMCは5nmの半導体を量産しています。技術の差はあまりに大きく、中国の半導体生産能力には2世代から3世代の遅れがあると言われています。半導体の供給量では、武漢に新型コロナウイルス専門病院を10日で作ったような、中国お得意の突貫工事によって、目標に向かって数字を伸ばしてくるかもしれませんが、質の面では、遅れを縮めることは難しく、今後むしろ拡大するかもしれません。中国とアメリカとの半導体をめぐる覇権争いは、今後もアメリカが優位な状況が続きそうです。
最後に、日本についてです。
コロナショック発生後のテレワークの普及等による半導体不足に、2021年初のルネサスエレクトロニクスの工場の火災が拍車をかけ、各自動車メーカーは減産を強いられる状況に陥りました。半導体を安定的に調達できる体制をつくることは、日本経済にとって極めて重要な課題となっています。
日本は、半導体製造設備の生産では世界の先頭を走っているものの、半導体製品の生産では台湾や韓国には遠く及ばない状況です。そこで日本政府は、TSMCに対し、日本国内に工場を設立するよう強く求めています。これを受けてTSMCは日本に半導体材料の研究開発拠点を開設することを決めましたが、日本政府は工場の建設も是非にと要請を続けています。先ごろ、TSMCが熊本に工場の建設を検討しているとの報道がありましたが、TSMCがわざわざ日本に進出してくるためには、補助金や税制面でかなりの支援・優遇が必要と思われます。
アメリカも中国も半導体産業育成のために5兆円を超える巨額を投じ、EUも、半導体を含むデジタル分野に約18兆円を投じて域内の供給網を立て直そうとしています。日本の経済産業省は、5Gや半導体の技術革新に投入するファンドを先ごろ設立しましたが、その金額は2000億円であり、米中やEUに比べて大きく見劣りし、本気の度合いが疑われる状況です。
Some clues...
省略(動画本編でご覧ください)