スタグフレーション〜コーヒーブレイクしながらわかる
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スタグフレーションって何?
スタグフレーションは、停滞という意味のスタグネーションと、物価上昇を意味するインフレーションとが合わさったことばで、景気の低迷と物価の持続的な上昇とが同時に発生する現象のことをいいます。
スタグフレーションが大きな問題となったのは、1970年代のオイルショックの頃でした。2回のオイルショックのあと、多くの先進国が高いインフレ率と不況との同時進行に悩まされました。
そのときのメカニズムを、2021年5月に掲載した『インフレ』の動画で使った図を使って考えてみましょう。
このグラフは、物価水準と国民所得の関係を示したもので、緑の線は、消費者などが、いくらなら、どのくらい買うかを示す総需要曲線、青い線は、企業などが、いくらなら、どのくらい売るかを示す総供給曲線です。
人々が、貯金を取り崩して・消費を増やしたり、金融政策により・金利が低下し・企業が投資を増やしたりすると、総需要曲線は右のほうへ移動していき、その結果、物価水準が上昇します。一般的なインフレは、このように、総需要が引っ張る、デマンド・プルの形で発生します。
また、輸入原材料の価格が上昇したりすると、総供給曲線がこのように移動するので、やはり物価水準が上がります。企業のコストが上昇することで発生するインフレなので、コスト・プッシュ・インフレとも呼ばれます。1970年代の石油危機は、総供給曲線がシフトして物価が高騰した典型例でした。
デマンド・プル型では、需要が増加し、モノが売れるようになり、すると賃金も増加し消費も増える、という好循環が生まれ、国民所得は増える傾向があるので、「良いインフレ」と呼ばれることもあります。一方、コスト・プッシュ型は、モノの価格だけが上がり、国民生活は苦しくなります。このため「悪いインフレ」とも呼ばれます。そしてこれがまさに「スタグフレーション」の状態なのです。
デマンド・プル型インフレが発生しているときは、総需要が過剰で景気が加熱状態になっているので、金利の引き上げなどの金融引き締め政策で総需要曲線を左にシフトさせれば、インフレを抑えることができます。
しかしスタグフレーションが発生しているときは、既に景気が悪い状態なのに、金融引き締め政策で総需要曲線を左にシフトさせると、さらに景気を悪化させることになってしまうので、政策当局は非常に苦労をすることになります。
オイルショックのあとのスタグフレーションに対処するためにアメリカで採られた政策が、レーガン大統領による経済政策、いわゆるレーガノミクスです。
スタグフレーションの状況下では、総需要曲線を左にシフトさせる政策は採れないので、レーガノミクスでは、規制緩和や大幅減税によって企業の投資を促進し、労働者のやる気をおこさせて生産能力を高めて、総供給曲線を右にシフトさせるという方策が採られました。これにより、アメリカ経済は、インフレの抑制と、景気の回復という目的を達成しました。
しかし・大幅減税を実施した一方で、削ることができない財政支出もあり、軍事支出についてはむしろ拡大されたため、財政赤字が大きく増えました。
財政赤字は国債を発行して賄われますが、投資家に大量の国債を買ってもらうためには、金利が非常に高くならなくてはなりません。
金利は20%程度にまで達し、その結果、国外から大量の資金がアメリカに流れ込み、ドル高が生じます。
このドル高と、景気の回復で国内の需要が旺盛になったことから、アメリカの貿易赤字は大きく拡大しました。
アメリカは、財政赤字と貿易赤字の二子の赤字を抱えることになってしまいました。当時大いに問題視され、ドル高修正のために1985年にプラザ合意がなされるのですが、その点について詳細は、円の歴史第7回「プラザ合意から黒田バズーカへ」をご覧ください。
アメリカ経済の置かれた状況
昨年以降のアメリカ経済の状況を図示してみると、コロナ流行直後は、ロックダウンやサプライチェーンの寸断などにより、総供給曲線が左にシフトしました。これに対し政府は、積極的な財政政策や、給付金の支給等の大量の資金供給によって総需要曲線を右にシフトさせます。この結果、景気は回復し、同時に物価が上昇しました。
グラフはアメリカの消費者物価上昇率の推移ですが、2021年の3月頃から物価ははっきりと上昇し、アメリカの中央銀行であるFRBが目標としている2%のインフレ率を大きく超えて、5%以上で推移しています。
物価上昇率は、明らかに高すぎる状態にありますが、とは言っても、これは必ずしも心配する状況ではありません。生産の回復により景気が加熱状態となったとしても、金融引き締めにより総需要曲線を左にシフトさせれば、景気を望ましい水準に戻しつつ、物価を抑制することができるからです。
実際、FRBは、まもなくテーパリング、すなわち、市場に大量に供給した資金の削減を始める模様であり、金利の引き上げによる金融引き締めも遠からず実施される見込みです。
ところが、このところ、アメリカ経済や世界経済がスタグフレーションに陥るのではないかとの懸念が高まっています。これはどうしてでしょうか。
その理由の第一は、エネルギー価格の高騰です。グラフは、原油価格の推移で、世界の経済活動の再開や天然ガス不足、産油国の減産などを背景にして高騰しており、昨年の春ごろに比べれば、5倍以上になっています。
それから、あらゆる工業製品に使用されている半導体の不足が深刻で、自動車や電気・通信機器などの生産が滞っていることです。
エネルギーの高騰や半導体不足の状態が今後一層進むとした場合、それを図示すると、総供給曲線の左へのシフトで表すことができます。
すでに物価上昇率はかなり高いのに、さらなる物価上昇が発生し、同時に景気が停滞します。これはすなわち、前の章でみた、スタグフレーションの状況です。
このグラフは、アメリカのマネタリーベース、つまり紙幣やコインと金融機関の中央銀行当座預金残高の合計の推移です。コロナショック発生後、中央銀行であるFRBはマネタリーベースを猛烈な勢いで増やしました。下のグラフは、民間に流通している現金の量であるM1の推移です。個人向けの現金給付の効果もあって・M1はマネタリーベース以上に急増しました。
これは、コロナショック発生による異常事態であり、つまり金融当局には、もうこれ以上の緩和余地はなく、総需要曲線を右にシフトさせる政策を採るのは非常に困難です。
スタグフレーションは、まだその予兆が現れ始めたに過ぎませんが、ひとたびスタグフレーションに陥れば、金融政策による脱却は難しく、経済は大変厳しい状況に陥ることから、警戒感が非常に高まっているのです。
日本もスタグフレーションになる?
では、日本の状況はどうでしょうか。
グラフは、経済産業省・発表の鉱工業指数です。8月の生産指数は、前月からマイナス3.1ポイントの・やや大きな落ち込みとなりました。4月にも大きな落ち込みが見られますが、これらは、半導体の不足により・自動車工業のほか、電気・通信・機械工業などで減産があったためです。部品工場が多数あるベトナムでの新型コロナ感染拡大によるロックダウンも影響しました。
石油等を外国に頼る日本経済は、アメリカ以上にエネルギー高騰の影響も受けるので、総供給曲線の左へのシフトの可能性は低くないと言えるでしょう。
ただ一方で、日本の物価の状況を見てみると、生鮮食品を除く消費者物価指数は、コロナショック発生以降、一貫してゼロ%以下となっています。携帯電話料金の引き下げが物価を押し下げているという面もありますが、一方で、昨年の・ゴートゥートラベルによる・サービス価格・下落の反動という物価押し上げ要因もあり、全体的にみれば、未だにデフレが続いている状態と言っていいでしょう。つまり、日本では、今後多少物価が上昇してもなんら問題がなく、躊躇なく総需要曲線を右へシフトさせる政策を採ればいい、ということになります。
むしろこれにより日本経済は、もう30年近くも続いているデフレの呪縛から、ついに脱却できることになるかもしれないと言えば、言い過ぎでしょうか。
Some clues...
省略(動画本編でご覧ください)