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日本賃金 なぜ上がらない?〜コーヒーブレイクしながらわかる

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賃金が上がらない!?

グラフは、G7諸国及び韓国の実質賃金の推移を示したものです。

これを見ると、日本の賃金は、バブル経済の末期の1990年から2020年に至るまで、ほぼ変わらなかったのに対し、同じ30年間で、アメリカやイギリスの賃金はほぼ1.5倍となり、カナダ、ドイツ、フランスも30%以上増加しています。韓国に至っては、ほぼ2倍で、1990年時点では日本の60%ほどだったのに、2020年時点では日本を追い越しています。

日本円の月給で考えると、日本の月給はずっと35万円程度で停滞しているのに、アメリカは40万円程度から 60万円程度に増加したことになります。

日本の賃金はどうして伸び悩んでいるのでしょうか。 その理由について、年功序列や終身雇用のせいとか、非正規雇用の賃金が不当に低いからとか、企業が儲けを独占しているからとか企業の新陳代謝が悪いとか、各方面で様々な理由が挙げられていますが、これらのほとんどは、二つの理由にまとめることができます。

すなわち、労働生産性が向上していないことと、企業の収益が労働者に十分に分配されていないことです。

労働生産性が何かというと、

労働生産性=付加価値÷労働者の人数

と、示すことができます。この付加価値というのは、国家であれば、GDP(国内総生産)に置き換えることができます。企業でいえば、次の式で示すことができます。

付加価値=営業利益+人件費+減価償却費

簡単にするために減価償却費をゼロとし、上記の2本の式をまとめると、

賃金= 労働生産性 - 労働者1人当たりの営業利益

と、書くことができます。

この式から、賃金が上昇するためには、労働生産性が上がるか、営業利益、つまり株主への配当や企業の内部留保を削って人件費にまわす、すなわち労働者の分配を増やすか、のいずれかであることがわかります。


労働生産性と賃金

日本の労働生産性はどうして伸び悩んでいるのでしょうか。

その理由について、webで検索してみると、だらだらと残業することが常識となっているからとか、チームで働くからとか、年功序列の賃金体型のせいで若い世代は成果に見合った報酬を得られず、勤続年数が長い人は働かなくても給料をもらえるので労働者が真面目に働かないからとかいったことなどが挙げられています。確かにこれらは日本の労働生産が低い理由と言えるかもしれませんが、しかしこれらでは、近年日本の労働生産性が、他の主要国と比べて、伸びておらず、差を広げられている理由を説明することはできません。

日本の労働生産性が他国に遅れをとっている主因として考えられるのが、デジタル化の遅れです。

コロナ禍で、厚生労働省や地方自治体が感染者情報の収集のためにファックスを使っていることが判明して、世間を驚かせたのは記憶に新しいところです。

政府だけでなく、オンライン診療、銀行の支店業務、公立校でのオンライン教育など、私たちの身の回りでもデジタル化の遅れを感じさせる事例が多々あります。

スイスの国際経営開発研究所が公表しているデジタル競争力ランキングによると、2020年のランキングは、1位がアメリカで、シンガポール、香港、韓国といったアジアの国・地域や北欧諸国が上位に入っており、日本はというと、63の国・地域のうちの27位でした。2013年の時点ですでに20位でしたが、その後じりじりと順位を下げていきました。

なぜ日本のデジタル化は遅れているのでしょうか。

野口悠紀雄一橋大学名誉教授は、インタビュー記事の中で、日本のデジタル化が遅れる理由として、

日本の企業が閉鎖的で、インターネットによって組織間を連携させる、オープンシステム化に対応できなかったこと、

政府や企業のトップがデジタル化を理解していないこと。

システム構築の請負いが多重下請け構造となり、責任の所在が不明確となっていること

サービス業、中小・零細企業の対人サービス業で、現状の維持を望むことが多いこと

運転免許証の交付や更新で、オンライン化が進むと自動車教習所や更新時の手数料などが失われてしまうなど、既得権益のハードルがあること

などを挙げています。

これらの理由を並べてみると、技術的な問題というよりも、人間がデジタル化を阻んでいる、と言えそうです。野口名誉教授は、「デジタル化は人間の問題であり、国民一人一人の問題であることを自覚しなければ」ならない・としています。

日本の労働生産性が伸び悩んでいる理由の第二として、中小企業に雇用される人が増えたことが挙げられます。

企業の生産性は、企業の規模が大きくなると上がり、小さくなれば下がります。これは、生産には固定費用がかかること、研究開発を効率化できること、規模が大きくなれば管理職の比率を下げられること、大量販売すれば広告費や製品の輸送費を節約できること等、さまざまな理由によります。

とはいえ、「中小企業が多いから他国に比べて日本の生産性は低い」と言いたいのではありまえん。グラフは各国の中小企業の数を示したもので、確かに日本には他国に比べて多数の中小企業があります。しかし人口当たりの中小企業の数で比べてみると、日本は決して中小企業が多い方ではありません。よって、中小企業の多さが他国に比べた日本の生産性の低さの理由と結論づけることは難しそうです。

グラフは、規模別の企業の従業員数の推移を示したものです。日本企業の従業員数は、女性の就労や高齢者の再就労が増えたことなどにより、右肩上がりに増えています。規模別にみると、中小企業が雇用を大きく増やし、大企業での雇用は概ね横ばいであることがわかります。つまり日本では、新たな労働力は、主に生産性の低い中小企業に吸収された、それゆえ、国全体としての労働生産性が伸び悩んだ、と考えることができるのです。

中小企業のグラフをよく見ると、中小企業は雇用を、景気が良い時に大きく増やし、悪い時には減らしていることがわかります。第一章で1991年以降の日本の賃金が他国に大きく水をあけられたことを示しましたが、その大きな要因が、ITバブルや、アベノミクスの時期に・人材が中小企業に吸収されたことだと言えそうです。

産性の低い中小企業で雇用される人数が増えれば、国全体としての労働生産性は落ちます。

高齢化の進展により高齢者の就業が増え、女性の社会進出により女性労働者が増え、これらの人々が主に中小企業で雇用されたことが、日本の生産性の伸びが他国に遅れをとっている理由のひとつと考えられるのです。


労働分配率と賃金

以上、日本の賃金が伸び悩んでいる要因のうち、労働生産性の問題についてみてみましたが、次に、労働分配率の問題についてみてみましょう。

グラフは、日本企業の経常利益、つまり、売上高から原材料費や人件費などをひいた金額と、内部留保、つまり、更に法人税や株主への配当を差し引いて企業に積み上げられた金額の推移です。見て明らかなように、賃金の伸びの停滞が問題となっている1990年代中頃以降も、日本企業が稼ぎ出す利益は大幅に増加しており、内部留保も、利益に並行してどんどん増えています。

企業は儲けているのに、賃金が上がらないのはなぜでしょうか。

その理由としてまず挙げられるのは、月給の上方硬直性、つまり、給与には上がりにくい性質がある、ということです。

行動経済学の実証研究によると、一般的に労働者は、賃金が下がることを非常に嫌い、賃金の増加にはさほど執着しないことが明らかになっています。このため企業は、将来業績が悪化した時に賃金を下げなくてはならない事態に陥るのを避けるために、多少業績がよくても、賃金を上げることに慎重になる、と考えられるのです。

また、終身雇用制度のもとでは、企業は・業績が悪化した時に・労働者を解雇して乗り切るということができません。そのため、業績が悪化した時に従業員を解雇しなくてもだいじょうぶなように、平常時から給与を抑え気味にしておこうとする、と考えられます。

それから、女性や高齢者の労働供給の賃金弾力性が高い、という点を挙げることができます。

グラフは、非正規労働の需要と供給を示したものです。賃金が少し上がれば労働供給が大きく増え、逆に賃金が少し下がれば労働供給が大きく減ることがわかりますが、これが労働供給の賃金弾力性が高い状態です。女性や高齢者の賃金弾力性が高いことは、過去の研究により示されてきているのですが、これはすなわち、賃金をわずかに上げれば労働者を集められるということであり、企業は、ITバブル期やアベノミクスの開始以降、業績が好調で人手が不足している時でも、賃金をほとんど上げずに人手不足を解消することができたので、稼いだ利益の労働者への分配を抑え気味にした、と考えられるのです。

どうすれば賃金が上がるの?

今回お話しした、日本の賃金が上がらない理由をまとめると、このようになります。これらを一つづつ改善していけば、日本の賃金が上がる可能性があります。

ただ、このうちの女性や高齢者の労働供給の賃金弾力性が高い、という点については、今後自然に変化が現れる可能性があります。

女性や高齢者の労働供給も、いずれは枯渇し、大幅な賃金上昇がない限り追加的な供給を確保できなくなる時がきます。つまり、賃金弾力性が低下に転じると予想されます。

先程のグラフで見てみると。労働供給曲線が折れ曲がっている点より右側では、労働供給が枯渇し、賃金弾力性が大きく低下します。この転換点は、開発経済学者の名前にちなんで、「ルイスの転換点」と呼ばれます。日銀の金融研究所の機関誌に掲載された論文は、詳細な分析によって、女性の労働供給が、このルイスの転換点に近づいているとしています。女性や高齢者の労働供給がルイスの転換点にまもなく達するということであれば、賃金をあげない限り企業は人手不足を解消できなくなり、その結果、労働分配率が、自然に高まっていくかもしれません。

賃金の上方硬直性や、労働者を容易に解雇できないという点を改善するためには、終身雇用制度や年功序列制度といった、日本に固有の雇用制度を改め、成果主義に変えていく必要があるでしょう。ただしこれは、雇用の安定とトレードオフの関係にある点には注意が必要です。成果主義を進めれば、景気の波に関わらず失業率がほとんど変化しないという日本の安定的な就労環境に変化が生じます。日本国民が、それを受け入れるという覚悟が必要となります。

となると、日本の賃金を向上させる決め手となるのは、デジタル化を推進して労働生産性を上げる、ということになりそうです。

2021年9月、デジタル庁が設立されました。役所をつくればデジタル化が進むというものではないですし、新たに省庁をつくることは、行政をスリム化して効率化するという流れに逆行することになるという懸念もありますが、デジタル化を日本の重要事項として位置づける姿勢は評価することができるでしょう。

ただ、第二章で述べたとおり、日本のデジタル化が遅れているのは、技術的な問題というよりも、人間がデジタル化を阻んでいるから、と言えるので、政府任せではなく、国民一人一人の意識改革が必要と考えられます。

分配を重視する新資本主義を掲げる岸田首相は、日本の賃金の問題について、どのような政策をとろうとしているのでしょうか。

6月7日に公表された「骨太方針2022」では、
事業再構築や⽣産性向上、適切な価格転嫁の環境整備による中小企業支援、
賃上げ促進税制の活用促進、
できる限り早期の最低賃⾦全国加重平均1000円以上に引き上げ、
といった内容が記載されています。

いずれも、一定の効果は期待できるものの、中小企業支援については、規模の小さい中小企業が大企業に比べて労働生産性が劣るのは避けられないことなので、根本的な解決策とはなり得ないといえましょう。

賃上げ促進税制については、多くの企業が、業績が悪化した時に賃金引き下げや解雇をしないでも済むように・賃金を抑えているのであれば、赤字になった場合に受けられない優遇措置があるからといって、賃上げをしようとするか、疑問があります。

賃上げ促進税制については、多くの企業が、業績が悪化した時に賃金引き下げや解雇をしないで済むようにするために賃金を抑えているのであれば、赤字になった場合に受けられない優遇措置があるからといって、賃上げをしようとするか、疑問があります。

最低賃金の引き上げについては、最低賃金が引き上げられれば、最低賃金で働く人たちの賃金が強制的に上昇するだけでなく、年功序列制度を採用する企業などで、全体的に給与水準が引き上げられることが期待されます。これまで最低賃金は、グラフのように引き上げられてきてはいるのですが、同じ期間に企業の利益が大きく伸びていることを思えば、その上がり方は緩やかに過ぎるように思われます。企業の利益が2.5倍になっているとすれば、最低賃金も   円くらいに引き上げられていてもおかしくはなく、そうすれば、全体の賃金水準にも小さくない影響を及ぼす可能性があります。

最低賃金の引き上げについては、労働経済学的に考えれば、政府によって賃金が強制的に定められると、その賃金水準では雇えないと言う経営者が出てきて、雇用が却って不安定になるという考え方があります。

実際・韓国では、2018年に16.4%、2019年に10.9%の大幅な最低賃金引き上げが行われましたが、その後失業率は上昇し、コロナ禍もあって、2021年1月には5.4%に達しました。

ただ一方で、最低賃金が引き上げられると、非効率的な経営を行っている経営者が、IT投資などによって、労働生産性を引き上げる努力をする、という考え方もあります。この成功事例はドイツで、2015年に全国一律の最低賃金が導入され、当初は・韓国の事例のように・失業者の増加が懸念されましたが、蓋を開けてみると、雇用が1.4%増えました。

つまり、最低賃金引き上げが、労働分配率が低いことへの対策として行われれば失敗する恐れがあり、労働生産性を引き上げるために行われるのならば、成功を期待できる、ということができるでしょう。


Some clues...

省略(動画本編でご覧ください)

 


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