本書の構成について

本書の構成について

本書には三つの作品を収録している。

二〇一二年の拙著『カレンシー・ウォー〜日中通貨戦争』は、日中戦争から太平洋戦争にかけての時期に日本が中国に対し仕掛けた通貨戦争を題材とした作品だが、日本円が挑んだ相手が中華民国の〝法幣〟と呼ばれる通貨で、法幣はなかなかに頑強で日本円はかなりの苦戦を強いられた。法幣は一九三五年の幣制改革により産声を上げる。その誕生の裏では日本、アメリカ、イギリスと当事国である中華民国の外交面および経済面の戦略・思惑がぶつかりあっており、それらをひとつの物語にまとめてみたのが本書タイトルでもある『カレンシー・レボリューション』である。

一九三五年中国幣制改革について調べていくうちに、その設計図を描いた宋子文というひとに興味を惹かれた。宋子文といえば職権を使って私腹を肥やした人物とされ、歴史上の評価は高くないようだ。でも、中国の統一を財政面で支え、経済インフラを築き上げた彼は英傑と呼ぶにふさわしい人物だと思う。歴史上の評価が作為的にねじ曲げられているようにも思われ、このひとの真の姿を書きたいと思った。三十代から四十代を国事に捧げた宋子文だが、若いとき、みずからの歩む道をみつけんとするときに、ずいぶんと迷い、悩んだ。その心の揺れを描けば宋子文というひとをよく表すことができると思い書いたのが本書冒頭の『ステーツマン』である。本書掲載の他の二作品とは異なり主人公が物語のなかで歴史的事業を成し遂げるわけでも、歴史の謎を追うわけでもないけれども、のちには財政の天才と呼ばれた人物の成長の物語として読んでいただければと思う。

宋子文をめぐってはその他にも様々なドラマがあって、そのうちのひとつが一九三一年の上海北站での彼に対する暗殺未遂事件である。この事件について調べているとき、事件の背景には複雑に絡み合う事情があり、また、太平洋戦争へと続く日本の歴史にも関係するできごとであったことがみえてきた。暗殺にまつわる話なのではっきりしないことも多いのだが、仮説を交えてこの事件の謎解きを試みたのが『上海ノース・ステーション』である。

『カレンシー・レボリューション』は『カレンシー・ウォー〜日中通貨戦争』脱稿後すぐに書き始め、書き終わってみればそこそこの分量になった。しかし、外交的・政治的背景や経済事象などの説明が多く、それらがかえって物語を読みにくくしているように思え、それらを削ぎ落としていったところ一冊の本とするにはやや短くなった。そこで内容が関連する二作、書き下ろしの中編小説『ステーツマン』と過去に電子版のみで発行した中編小説『上海ノース・ステーション』とともに一冊とすることにしたのが本書である。

本書収録の作品はそれぞれ主人公も異なる独立した物語であり、どこからでも読むことができる。ちなみにもともとは、右のとおり三作品は連想ゲームのように連鎖して書いていったものなので、筆者の連想を追うように『カレンシー・レボリューション』、『ステーツマン』、『上海ノース・ステーション』の順で本書に収録するつもりだった。しかし結局、各作品の舞台となっている時期の時系列で並べることとした。この順で時間の流れに沿ってページをめくっていただけば、三作品にまたがり登場する人物も少なくないこともあり、三つの作品をひとつの物語として読んでいただくこともできるのではないかと思う。

本書収録作品はフィクションである。三作品いずれも史実をもとにしており、登場人物のほとんどが実在した人物をモデルとしているが、史実と異なる場合もあるだろうし、登場人物の考えや行動はモデルとした実在の人物のそれとは別のものと考えていただきたい。それから、登場人物たちは特定の国家の国民、政府、軍、その他の団体や思想を肯定的または批判的に述べることがあるが、本書収録の作品はいずれも実在の国や思想などを良く、もしくは悪く評することを意図していない。念のため申し添えておきたい。

作品中には中国の近代史になじみの薄いかたにはわかりにくい単語や、やや専門的な経済・金融用語が少なくなく、本文のなかでそれらを都度説明していては物語の流れが悪くなるので、それらを引っ張りだして「単語の説明」としてまとめておいた。関連年表や関連地図、三作品にまたがって登場する人物等についての紹介もあわせて次々ページ以降に載せたので、適宜参照いただきたい。

また、毎度悩むのだが、中国の人名や地名などについて、どうルビを振るかはちょっと難しい。「蒋介石」や「広州」など日本語読みが一般的なものを除けば中国の固有名詞を無理に日本語読みするのもどうかと思うが、広東語で発音されているはずの場面で北京語でルビを振るのにも抵抗がある。結局、筆者の頭のなかでどう読んでいるかでルビを振ることにしたが、読者が読みやすいように好きに読んでいただけば、それでいいのだと思う(なお、主要登場人物一覧には日本語読みと北京語読みの両方を記しておいた)。


16世紀の広西壮族のスーパーヒロイン瓦氏夫人をモデルとして描く大河小説。
2021年12月28日第2版発行



技術の進歩が社会にもたらす不可思議を描くショートショート8本。
2019年6月17日刊行



近代外交経済小説の表題作および『ステーツマン』『上海ノース・ステーション』の三篇を収録
2017年5月15日刊行



連作『倭寇の海』第一弾。嘉靖大倭寇に最初に挑んだ英傑、朱紈の物語。東洋一の密貿易基地で海賊の巣窟、双嶼を攻略する……
2016年2月18日刊行



キャンパスの花は魔性の間諜か?平和の女神か?
2014年1月18日刊行



天才エコノミストが通貨の力で戦争を戦い、通貨の力で戦争を終わらせる……

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