『カレンシー・レボリューション』立ち読み 第1741〜1800段落
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「まあ、それはそうなんだが、どうかな」
小島は燕克治との会話をもとにした推察を述べている。そのため、暗殺がある場合に狙われるのは燕克治が強く恨む蒋介石であって汪兆銘ではないと思っている。
高橋は大事そうにカメラを撫でて、
「しかしまいったな。せっかく国民党に壊されなかったのに。カメラがまた危険に晒される」
「自分自身の身の心配をするより先にカメラの心配をするとは、なかなか心がけがよろしい」
「ああ、そうか。自分に流れ弾が当たるのかもしれないのか。そりゃそうですね。そう思ったら、なんだか怖くなってきた」
小島は高橋の肩をたたき、
「だいじょうぶだよ。警備が強化されたのをみて、暗殺のたれこみでもあったのではないかと僕が勝手に想像しただけだよ。特段の根拠があるわけではないから」
といって、記者の群れをぐるりとみわたしてみた。燕克治の姿を探したのだ。中央党部の敷地にはいってからなんどもみてみたが、燕克治の姿はみあたらない。
会議場の正面玄関の扉が開け放たれた。
中央執行委員たちがぞろぞろとでてきた。十一月の朝の太陽が中央執行委員ひとりひとりのうしろに長い影をつくっている。
高橋は背中の太陽を見上げて、
「天気がよくて良かった。いい写真が撮れそうですよ」
と、嬉しそうにいった。
中央執行委員たちが雑談をしながら少しずつ撮影のための列をつくってゆく。事前に立ち位置が決まっていないのか、あちらこちらで譲りあう姿がみられる。どうやら階段に立って五段の列をつくろうとしている。
会議場の玄関から蒋介石がでてくるのがみえた。
しかし蒋介石は、玄関前の雑然とした様子を嫌ったのか、群衆をみわたしてから会議場の隣の建物のなかへはいっていった。
最前列の中央に汪兆銘が立った。そのすぐ隣に椅子が置かれた。足の悪い張静江(ジャンジンジアン)のためのものだろう。ここ数年蒋介石に遠ざけられているようだが、党重鎮である張静江の席次は未だに高い。少年のような顔立ちの軍服姿の男は張学良(ジャンシュエリャン)だろう。最前列中央近くに立ち、いつまでたっても列をつくれない委員たちを不快そうな面持ちでみている。
孔祥煕はどこだろうかと探してみると、中央執行委員たちの群れの端で手を腰のうしろに組み、張学良の表情とは対照的にしまりなく微笑んでいる。いま上海の金融界は会議後に金融関連の重要施策がだされるかもしれないと警戒し、財政部長である彼の一挙手一投足に注目しているのに、当の本人の態度は全く他人事と思っているかのようだ。
小島は再び記者たちのほうへ視線を動かした。
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「おや?」
いつまでたっても列が完成しない様子を笑顔でみている記者たちのなかに、全く笑っていない顔があることに気づいた。記者たちのほぼ中央、すなわち中央執行委員の列の正面。底冷えがしそうな冷たいキツネのような目をしている。
その目をみて、小島は
(燕克治に会いにいったときに中途で店にはいってきた男ではないか)
と思ったが、横顔で、はっきりとはわからない。
小島は高橋に「ちょっと離れる」と声を掛け、男のほうへ向かった。
記者の群れを押しわけながら小島は考えた。
もし男が銃を取りだしたらどうするか。
ほかにも仲間がいると考えたほうがいい。キツネ目の男ひとりを取り押さえたとしても彼らのもくろみを阻止することはできない。
(狙うほうではなく狙われるほうに対処すべきか)
記念撮影の列はようやく組み終わりそうになっているが、汪兆銘の隣が未だに空いている。隣の建物にはいった蒋介石がまだでてきていないのだ。
蒋介石に直接危険を訴えることはできなくても、建物のそとにでてこないようにさせることはできる。そう考えた小島はキツネ目の男のほうへ進むのをやめ、あと戻りし会議場の隣の建物を目指した。
記者の群れから離れ小走りになると、衛兵が飛びだしてきて列に戻るようにと怒鳴った。
そのとき、後方で叫び声がした。
「打倒売国賊(ダーダオマイグオゼイ)!」
その声とほぼ同時に銃声。乾いた音が会議場玄関前に轟いた。
みると、キツネ目の男が記者の列から一歩でて銃を握りしめている。
鳩の群れを蹴散らしたように中央執行委員たちの列が左右に割れ、最前列の汪兆銘の背中がみえた。
二発目の銃声。
汪兆銘の左肘が跳ね上がりそのまま身体が半回転した。
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小島はキツネ目の男と汪兆銘とを結んだ直線の近くにいる。弾が逸れれば当たりかねない位置だ。しかし恐怖は感じていない。ただ、ときがゆっくりと流れるような感覚のなかで身体を動かすことができないでいた。
また、銃声。
汪兆銘は背後から撃たれる形となった。身体が地に崩れ落ちた。
最前列に並んでいた中央執行委員が最初にキツネ目の男に向かい、その腰に取りついた。
次に張学良が動いた。張学良は男を蹴り倒し、手刀で男の銃を叩き落とした。
警備兵が動いたのはそのあとである。警備兵は男の胸に銃を連射した。
男は動かなくなった。
人々が倒れている汪兆銘と男を取り囲み、小島の位置からふたりがみえなくなった。
傍らに停めてある車のしたから肥えた男の上半身がでてきた。孔祥煕だ。服が引っかかっているのか、這いでるのに苦労している。
倒れた汪兆銘を中心にする群衆のなかから女性の叫ぶような泣き声が聞こえた。汪兆銘の妻の陳壁君(チェンビージュン)だ。
小島の背後で足音が聞こえた。振り返ると、蒋介石が侍従を従え歩いてきた。
玄関口で小島とすれ違うとき、蒋介石は小島の顔をちらりとみた。
そのとき小島は背中にひやりとするものを感じた。蒋介石の顔が、ごくわずかにだが、笑っているようにみえたのだ。
小島の横を通り過ぎた蒋介石は、それまでのゆったりとした足どりを変えて小走りに群衆のほうへ向かった。
群衆が割れて蒋介石はその中央にはいっていった。陳壁君が夫の頭を抱き慟哭しているのがみえた。
汪兆銘の手を握った蒋介石を陳壁君が、
「どうして。どうしてこんなことを」
と、すぐ近くに落ちた雷のような癇声で詰っている。蒋介石が政敵の排除をもくろんだと思っているのだ。
しかし小島は、
(はたして蒋介石が仕組んだのだろうか)
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