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『上海ノース・ステーション』立ち読み

本ページで『上海ノース・ステーション』の一部を立ち読みいただくことができます。

全文は電子書籍(Kindle版)または単行本でお読みいただけます。電子書籍は下記のリンクからアマゾンにてご購入ください(Kindle unlimitedで無料で読むこともできます)。

単行本については、本作は『小説集カレンシー・レボリューション』に収録されていますので、下記のリンクよりアマゾンにてお求めください(『小説集カレンシー・レボリューション』には関連した長編小説1本、中編小説1本と合わせて合計3本の作品が収録されています)。

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(ひょっとして、狙いはTVか)

 小島は車に乗りこんだ重光に対して「早くここを離れてください」と声を掛けてから、出入口に向かって駆けだした。

 出入口に群がる降車客のなかを強い逆流を泳ぐようにして進む。

 駅舎にはいったとき、パン、パンと甲高い乾いた音が二回した。

 銃声だ。

 一瞬の間を空けて撃ち合いが始まった。無数の銃声がコンコースの高い天井に響いた。銃声のしたほうから旅客が悲鳴とともに一斉に逃げてくる。小島は押し戻されないようにと足を踏ん張り全身に力を入れた。

 津波のような人の流れが通り過ぎ、目の前が開けてきた。

 宋子文の衛士と襲撃者、合わせて十数人が撃ち合っている。

 コンコースの中央に白いスーツ姿の男がひとり倒れている。スーツの数か所が真っ赤に染まっている。そこから数メートル離れたところを男が這っている。男は冠っていた白い帽子を放り投げ、銃声のなかを太い柱の陰まで進み、そして臥せた姿勢のままで動かなくなった。

 突如、目の前に白い煙が上がった。

 わずかの間に、あたり一面が濃い霧で包まれたかのように真っ白になった。

 銃声がやんだ。

 なにもみえない。

 硝煙のにおいが立ち籠める。

 小島はその場に立ち尽くした。自分の両側を何人かが走り抜けていくのを感じた。

 それから数分が過ぎ、次第にあたりの様子がわかるようになってきた。

 小島は目の前で倒れている白いスーツの男のもとへ駆け寄った。

「TV!」

 小島は叫んだ。

 横たわる身体に手をかけたとき、子文のそれに比べれば明らかに小さいことに気づいた。

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「ジョージ──」

 かすれたような声でうしろから声を掛けられた。声のほうをみると、子文が柱の陰に伏せたままの姿勢でこちらをみていた。

「TV。無事か」

「僕は大丈夫だ。しかし──」

 子文の視線は小島の横で倒れている小柄な男に向けられた。

 小島はうつ伏せの男の顔を覗き込んだ。その顔は子文の秘書の唐腴臚のものだった。

 小島は唐腴臚の首筋に指を当てた。脈は感じられなかった。

 小島は子文に向かって首を振った。

「どうして。どうして唐腴臚が──」

 子文は衛士に支えられて身体を起こした。もうひとりの衛士がそのすぐそばで銃を構えて周囲をみまわし、残りの衛士はコンコースのなかに散らばって警戒している。

 子文はふらふらと寄ってきて、唐腴臚の傍らに座りこんだ。

 小島が訊いた。

「きみは全く無傷なのか」

「ああ。かすり傷もない。僕は彼と並んで歩いていた。それなのに彼だけが撃たれた。最初の二発はいずれも彼に当たった。まるで僕ではなく彼を狙っていたかのようだ──」

「いったい誰が、なんのために襲ったんだ」

「わからない。全くわからない」

 子文は動かない唐腴臚の頭を抱き上げた。そして、「わからない、わからない」と繰り返しながら、声をだして泣いた。

 子文が衛士に護られて上海北站を離れるのを見送ったあと、小島は駅舎に戻った。

 コンコースのなかは未だ硝煙の匂いが残っている。子文の衛士のうちのひとりが残り、唐腴臚の身体のそばについて警察の到着を待っている。他にも倒れている者が数人いるが、ビジネスマン風の者と女性、老人で、暗殺者はいないようだ。激しい銃撃戦だったので、おそらく暗殺者は十人以上いたに違いない。それなのに暗殺者のほうには死傷者はなかったのだろうか。もしくは、死傷者がいたが、証拠を残さぬために仲間が連れ去ったのかもしれない。

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(そういえば、駅舎のそとにも刺客が立っていた)

 プラットホームから駅舎にはいるすぐ手前に銃を隠し持った男が立っていたことを思いだしたのだ。

 小島はコンコースを抜けてプラットホームのほうにでた。

 太い柱の陰にいくと、男が首筋を抑えて苦しそうに立ち上がろうとしているところだった。小島が近づいてきたことに気づいた男が頭をゆっくりともたげた。

 燕克治だった。

「やはりきみが絡んでいたか」

「取材はあとにしてくれ。とりあえずここから逃がしてくれないか」

「しかし、きみは──」

 小島は躊躇した。すぐ横にリボルバーが落ちている。

「私は銃を一発も放ってはいない。信じてくれ」

 小島は一瞬考えたが、「まあ、いいだろう。ともかく話を聞かせてもらったあとできみをどうするか、決めさせてもらおう」といって、克治の腕を肩に載せた。

 小島は駅の前に待たせてあった社の車に克治を乗せた。発進した車は続々と集まってくる警察車両とすれ違いながら市内に向かった。

「さて、聞かせてもらおうか。きみの話次第ではこの車のいき先は警察となるが、それは覚悟のうえで包み隠さず話してくれ」

 克治はうなずいて話し始めた。

「昨夜話したとおり、急に羽振りがよくなった舎弟がいる。その男の名は朱偉という。朱偉は重光を殺すために駅にいた。おそらく昨日私の前から姿を消したのち、すぐに上海行きの汽車に乗ったのだろう」

「やはり代理公使は命を狙われていたのか。しかしなんのためだ。暗殺の動機はなんだ」

「朱偉の直接の雇い主である許清は日本の会社で働いていたことがあって日本人とのつながりが深い。重光の前々任者は対中国強硬論者に殺害されたかもしれないのだろ。許清はおそらく対中国強硬論者の日本人に雇われているのだろう」

「よくわからないな。最初の銃声があったとき、代理公使はすでに駅にはいなかったぞ。狙われていたのが代理公使なら、なぜ代理公使が駅を離れたあとに銃撃戦が始まった」

「なに?重光が駅を離れたあとに銃撃戦があったのか」

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