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本ページでは他サイト等に掲載された大薗治夫の過去の著作物を再掲しています。

シルクロードはともかく盛り沢山だ

敦煌行きの鉄道

汽車に乗り込む時、乗車口の脇に車掌が立っている。これが「車掌」というイメージには似つかわしくないぐらいかわいい。微笑みもせずキリッとした感じがまたよい。独身Hさんも結構気に入ったようだ。さっきからビデオでたっぷりと撮影している。

コンパートメントに入り、荷物をまとめ着替える。この時点で既に夜12時。さあ寝ようと思うのだが、このところ新彊時間に身体のリズムが合っており寝付けない。Gさんはさっきから車窓を眺めている。外には月明かりに照らされた荒涼とした砂漠が延々と続いている。そこにトイレに行っていたHさんが戻ってきた。
「あの美人車掌が食堂車にいましたよ」
「え、何してるんです」
「同僚と雑談してますよ」
寝付けないことだし、Hさんと食堂車で新彊ぶどうでつくられたワインでも飲みながら、美人観察プラス機会があれば友達になりにいこうということとなった。

食堂車では、美人車掌とちょっと恐そうな美しい表現とはかなり遠いウェイトレスが話をしていた。そういえば誰かが以前、美人は美人といるか、極端な不細工とツルムかどちらかだ、と言っていた。美人が美人といるのは類は友を呼んでいるわけで不思議はないが、後者については、美人は不細工な人といれば自分が引き立つと思い、不細工な人は美人といれば自分もすこしは美しく思うからだという。確かに車掌の美しさが倍増して見える。

まずは注文をしなければならない。恐そうなウェイトレスに向かって尋ねた。
「誰に注文すればいいんですか」
恐そうなウェイトレスは我々を睨み付けて、
「何がいるの」
「いや、ワインでも」
「今、食事してんのよ。見てわかんないの。明日飲みなさい」
酒を飲みに来て、明日飲めなんていわれたのは初めてだ。
「いや、今飲みたいんですけど…」
「じゃあ売ってあげるから部屋で飲みなさいよ。(小さな声で)うるさいわね」
「いや、ここでは飲めないのですか」
「今、食事してるんだから、後でおいで」

我々は恐そうなウェイトレスにインターセプトされ、美人車掌と会話をするという目的を達成できずに撤退することとなった。美人車掌は終始やさしい目で気の毒そうに我々を見つめていた(ように思う。先入観かもしれないが。いやきっとそうだ)。

コンパートメントに戻り、ベットで「夜中に車掌室にでもいってみよう。夜中は仕事もなく暇であるに違いない。―砂漠を走る夜汽車で美人車掌と語らう― 実にロマンティックではないか」などと思いつつ時がたつのを待っていた。が、いつしか眠りに落ちてしまった。

鉄道から見た夜明け

夜中に列車の揺れで目がさめた。ふと横をみるとHさんがいない。やられた。敵も同じことを考えていたとは。今頃美人車掌と楽しく語らっているに違いない。暗い車内で線路のつなぎ目の振動もここちよく、二人は盛り上がり…。まさか…。いろいろ想像すると腹が立つのであきらめてまた寝ることとした。

翌朝美人車掌の声で目がさめた。我々のチケットは座席の指定がなされておらず、列車に乗り込む時に車掌がチケットと引き換えに座席番号が書かれた札をくれるのだが、彼女はその札と交換にチケットを返しにきたのだ。美人車掌にいろいろ聞いてみた。
「ウルムチの人ですか?」
「どこまで乗務するのですか?」
しかし彼女はどの問いに対してもつまらなそうに話す。いかにももう既に一度言っただろうという顔である。よくよく見ればHさんの目ばかり見ていて、私の方はめったに見ない。この瞬間に昨日の夜中に何かがあったことを知った。

10時20分。敦煌まで100キロ程度のところに位置する柳園で下車する。乗り込んだ時と同じように、乗車口のわきに美人車掌が立っている。Hさんと美人車掌が一言二言言葉を交わす。会話は聞こえないが、まさか「じゃあ上海でね」「うん、待っててね」なんて言っているんだろうか。再び腹が立つ。

鳴沙山

7日目。敦煌の鳴沙山・月牙泉観光。これぞまさしく我々のイメージする砂漠だ。今までに見てきた砂漠は灰色で地面が硬く石がゴロゴロした、見ようによっては工事現場みたいであったが、ここは肌色の砂でできた、歩くと足が沈む砂漠である。らくだに乗って砂だけでできた鳴沙山をのぼる。既に時間は夜8時であるので長い影が伸びる。まさしく写真か映画でみたような景色である。

「東北でスキー」の回にも書いたが、私は普通ではないところでスキーをするのが好きだ。この鳴沙山の滑らかな斜面を見ていたら無性に滑ってみたくなってきた。実は火焔山でもこんなことを思っていたのだがここで滑ればさらに爽快に違いない。さらに言えばここには観光客がいっぱいいるので非常に目立つに違いない。次の機会には絶対にスキーかスノーボードを持ってこよう。山の上からはソリで滑り降りることができる。さっそくやってみたのだが、ただ座っていてもつまらないので左に右にへとターンをこころみたところ転倒し、砂漠を転げ落ちた(といっても5メートル程のことだが)。耳の穴から下着の中まで砂が入った。

月牙泉の周りは観光客とらくだで大変にぎやかであり鳴沙山を前にした景色はまるで苗場プリンスホテル前ゲレンデのようである。といっても天地で感じたほどには幻滅させられることはなかった。このころになると辺りは暗くなりはじめ、砂漠、らくだの群れ、夕暮れのコンビネーションという今までに見たことのない景色を前にしていたからであろう。

(参考文献は本シリーズ終了時にまとめて掲載)

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